2016年12月10日土曜日

京都旅行記録

11月末日と12月初日、晩秋の京都に紅葉を見に行ってきた。1泊2日で初日は東山、2日目は長岡京を中心に周った。大学4年生のときも紅葉の時期に京都を訪れたが、前回は東山、嵐山、鞍馬を周った記憶がある。初日の東山は南禅寺、哲学の道、永観堂、真如堂、金戒光明寺という順番で前回のルートと完全に一致。哲学の道に野良猫が住み着いているところまで一致。ただし、紅葉のグレードは前回の方が高かった。見頃を一週間過ぎてしまった感じで、鮮やかな紅葉は僅かに残っているのみ。京都でも特に紅葉で有名な寺社が集中するのが東山だが、紅葉シーズンも終盤のためか予想より空いていた印象だった。


 
 
朝5時半起きで埼玉を出発したため、東山を見終わっても昼過ぎという時間帯。最近は朝まったりして昼過ぎから活動する旅行が多かったので、この時点で結構疲れてしまっていたが、時間も余っているので東福寺に向かう。前回は東福寺が一番豪華な紅葉だと思ったが、シーズンを若干過ぎたため今回の東福寺はやや微妙。さらに前日の睡眠時間が4時間ということもあり、ここで疲労がピークに達したため、一度ホテルに戻って休息する。

ホテルで一眠りして体力が若干回復。17時半から予約していた料理屋へ向かう。目当ては蕪蒸という京料理。色んな出汁と蕪と魚と他にも何かいろいろ入った汁物でなかなか美味しかった。そして一番楽しみにしていた清水寺のライトアップへ。高台寺のライトアップが予想以上に綺麗だったので、今回の清水寺も期待していたが、予想を裏切らない景観が待っていた。iPhoneの画質が夜になると極端に悪いので綺麗に撮れなかったが、実物は写真の100倍は綺麗。そして規模が他の寺とは比べ物にならない。清水寺に来たのは3回目だが、ライトアップすると規模がより大きく感じられる。京都の雑誌によく登場する清水寺の夜景がそのまま広がっていた。いずれまた訪れたい場所。


二日目は長岡京というマイナーなエリアへ。というのも京都で紅葉が見頃なのが長岡京しか残っていなかったため。散紅葉で有名な光明寺へ向かったが、かなりの田舎にも関わらず、臨時バスの混雑具合は京都の市街地を上回るレベルだった。今回初めて知った紅葉のスポットだが、散紅葉の参道は南禅寺や東福寺の有名な寺社にも負けないレベルで美しいと思う。「光明寺 散紅葉」で検索すると恐ろしく綺麗な写真がいくつも出てくる。日没のタイミングで夕日を背景にすれば絶景を拝めそう。




光明寺の近くの名もなき寺へ。 紅葉と柑橘。


再び京都の市街地に戻って北大路で昼食。鴨川を南下して下賀茂神社へ。下賀茂神社は京都で最も紅葉が遅いらしく、全く紅葉が始まっていない。


締めは京都駅近くに位置する東寺。有名な五重塔。京都旅行もこれでおしまい。

2016年11月23日水曜日

冴えカノ12巻の展望と加藤恵の謎に関する考察

11巻後半からの急展開で物語も佳境に入った感のある、冴えない彼女の育てかた。7巻で「加藤恵……もう一度、俺のメインヒロインになってくれ」と言った割には、英梨々に未練残してる感じだし、相変わらず詩羽先輩の信者だし、本当に倫也は加藤をメインヒロインにする気があるのかと疑っていたが、これまで倫也と加藤が積み重ねてきたものが11巻で一気に恋愛方面に結実した感じ。とりあえず、詩羽先輩や美智留には反応しない倫也が加藤を相手にすると豹変することが分かった。完全に相思相愛で、シナリオ作成が関係を発展させる口実になっているし、もはやゲームつくらなくて良いんじゃないかというレベル。このまま誕生日デートに突入していたら、間違いなく加藤エンドで終わっていたが…。

「……っ、……っ!」

「え?何だって?ごめん、よく聞こえないんだけど……」

「…………」

「な……ちょっと待って!誰、が……」

内容は全く不明だけど、やたらと不安を煽る電話。最初読んだときは加藤から倫也への電話だと思っていたけど、倫也から加藤への電話のようにも思えるし、他の人物からの電話の可能性もある。とりあえず何かのトラブルで誕生日のデートが中止、そこからシリアス展開という流れは間違いなさそう。最初に思い浮かんだのは倫也か加藤が交通事故に遭ったんじゃないかというもの。電話をかけてきたのは英梨々で、倫也が事故に遭ったことを加藤に知らせる内容とか。倫也記憶喪失からの英梨々を含めた三角関係展開とか、倫也が三年後に目覚めたとき加藤は既に…とか。しかし、このシチュエーションは君が望む永遠のパロディだということが分かり、候補から消えた。内容まで交通事故で重ねてくるとは思えないし、何より展開が安直で雑すぎる。

そして、他に思い浮かんだのは英梨々関係。冴えない彼女の育てかた考察 タイトルのダブルミーニングと英梨々エンドの可能性冴えない彼女の育てかた考察 WHITE ALBUM2との比較からで書いたように、この作品は最終的に倫也、加藤、英梨々の三角関係になるのではないかというのが持論である。7巻のシリアス展開は突き詰めると、倫也が英梨々と加藤のどちらを選ぶのかという話なわけで。結局のところ、倫也は英梨々に裏切られるんだけど。再び三角関係に突入するのであれば、11巻のラストは最後の分岐点だろう。11巻は何かと加藤が英梨々を気にする描写が多かった。

「だって……今のわたしたち、ちょっと、彼女には見られたくないなって」

「だって、何だか、言い訳しにくくって……」

一泊二日の修復で仲直りを果たした加藤と英梨々だが、今回の加藤は何というか完全に抜け駆けだった。加藤が英梨々に後ろめたいという気持ちを抱くのも当然だと思う。英梨々に知られてしまったのか、加藤から英梨々に話したのか分からないが、英梨々に絡む問題で加藤がデートに行けなくなってしまったという展開は有り得そう。ただし、この展開は間違いなく英梨々にヘイトが向かうのが難点。そもそも誕生日に加藤が倫也とデートするくらいは英梨々も普通に許しそうな気がする。

英梨々関係で他に有り得るのは、英梨々が再び倒れて倫也が英梨々の元に向かうという展開。フィールズクロニクルの素材提出期限が9月末で死にそうになっているという話が出ていたので、時期的に英梨々が倒れるという展開は有り得ないこともない。ただし、この展開は6巻そのままだし、英梨々が相変わらず成長していないという話にもなりかねない。そして、この展開もやはり英梨々にヘイトが向かうのが難点。というか、キャラクター人気的に英梨々との三角関係に持ち込むのは現実的に難しいかもしれない。

そして最終的に行き着いたのは、作品の根幹にも関わる加藤自身の問題という展開である。今までにない加藤恵という新しいタイプのヒロイン、その魅力を描くことが丸戸史明の本作における一番の目的だと思うが、どうして加藤がこのようなキャラクターになったのかという点について、いわば作品の根幹といえる点については今まで明らかにされてこなかった。彼女が元々フラットな性格をしていて、付き合いが人並み外れて良く、容姿の割に目立たない人物なのだと言えばそれまでだが、それだけで説明できるキャラクターではないように思われるのだ。加藤はなぜ最初から付き合いが良かったのか、なぜサークル活動に没頭していったのか、なぜメインヒロインを目指したのか、なぜ倫也を好きになったのか。

加藤恵の謎を考えて思い至ったのは、彼女が家庭環境に何らかの問題を抱えているのではないかということだ。家庭環境は人格形成に重要な影響を及ぼす要素の一つである。特殊な家庭の事情が彼女の無個性という個性をつくりあげたのではないか。このように考えたのは加藤の家族があまりにも彼女に対して無関心というか不干渉のように思えるからだ。週末になれば倫也の家に入り浸り、平気で外泊してくるにも関わらず加藤を咎めるような気配がない。特に驚いたのは1巻で加藤が家族旅行をすっぽかして倫也のためにメインヒロインを演じたシーンである。このとき加藤は北海道に一週間の家族旅行に来ていたが、その旅行は結婚を予定する加藤の姉が発案した最後の家族旅行であった。あまりにも家族の優先度が低いので、ひょっとして加藤は家族と不仲なのかと疑ってしまうのも無理はない。実際に倫也も同じ発想に至っている。

玄関口で普通に母娘仲良く会話してた!家庭崩壊してなかった!(8巻 P.198)

8巻で加藤の家に立ち寄るシーンの倫也。加藤の家が家庭崩壊しているんじゃないかと冗談半分で少し疑っていた倫也が安心する場面。しかし、娘が朝帰りしてきたのに、しかも帰ってすぐまた出かけるというのに笑顔で見送る母親には違和感を覚える。このような母娘関係に至った背景は分からないが、加藤は家族との間に何となく距離感があるように思える。加藤が家庭環境に問題を抱えているとすると、先に述べた加藤に関する謎も理解できてくる。11巻において倫也は、とてもとても共依存という単語が頭をよぎった、と加藤を評しているが、まさにその通りなのだと思う。これまで倫也は加藤を付き合いの良い女子だと思っていたが、その実態は果たして…。

「ところで加藤、お前さ、あの時どうして朝早くからにあんなとこにいたんだ?お前んちから全然遠いだろ?」

「さあ、もう覚えてないけど……」

8巻において最初に出会ったときのことを話す倫也と加藤のシーン。この物語の始まりにして、最も重要な出会いのイベント。加藤は覚えていないと軽く流したが、新聞配達の時間に自宅から離れた住宅街をオシャレして歩いているというのは、どう考えても特別な用事があったからだろう。それを覚えていないというのは嘘であり、加藤があの時間にあの場所にいたのは何か大きな理由があったのではないか。その理由こそ加藤恵の謎を解き明かす重要な鍵となるのではないか。繰り返し登場している最初のシーンが物語の根幹につながる重要なフラグだったというのは実に丸戸史明らしいと思う。

2016年11月20日日曜日

冴えない彼女の育てかた11巻 感想

冴えない彼女の育てかた 11 (ファンタジア文庫)
丸戸 史明
KADOKAWA (2016-11-19)
売り上げランキング: 24

11巻の内容はいよいよ倫也がメインヒロイン叶巡璃ルートの執筆を始めるというもの。9巻で英梨々、10巻で詩羽先輩のシナリオが完成しているため、これは読み通りの展開。ただし、夏休みの間に美智留と出海ちゃんのルートが完成していたのには驚いた。何のドラマもなくシナリオが完成してるとか、これは英梨々もびっくりの負け組ヒロインぶり。第二部になってもメインヒロインには昇格できないことが明らかになった瞬間であった。ただし、出海ちゃんはイラストで、美智留は音楽で才能を伸ばしており、彼女たちの急成長に倫也も驚きを隠せない。あとは倫也のシナリオ次第というところまで来た感じ。

しかし、倫也は肝心の叶巡璃ルートが書けずにいた。共通ルートから個別ルートに入るイベント番号:巡璃15は巡璃が主人公を意識するようになる最重要イベントであるが、シナリオライターとしての実力がついたことで、どの展開もイマイチだと感じてしまう倫也。まぁ、加藤が倫也を意識するようになったシーンがそもそも作品内で描かれていないから、実体験を元にシナリオを作成している倫也に書けないのも無理はない。そして伊織や紅坂朱音にも相談した挙句、倫也が頼ったのはメインヒロイン張本人であった。

深夜いきなり加藤に電話して協力を求める倫也も大概だと思うが、何だかんだ言いながら乗り気な加藤も大概だと思う。個別ルートに分岐する前に共通ルートから見直すことになった二人であったが、これまでの出来事について倫也は加藤から壮絶なダメ出しを食らう。

「そもそもこれ、主人公の造形に無理があるよね。こんな語りたがりで自分の主張を押しつけまくってウザい主人公、好きになる女の子なんていないんじゃないかな?」

「じゃ、じゃあ、どうすればいいのか、教えてくれないか……?」

「そうだなぁ……とりあえず、今までの主人公の行動とかセリフをチェックして、もうちょっと好感持てる主人公に直していかない?」

「こ、これまでの主人公……変えちゃうの?」

フラットでブラックな加藤にタジタジになる倫也。最初のゲーム合宿に始まり、六天馬モールでのデートと、加藤のダメ出しは止まるところを知らない。そして共通ルートの見直しをしていく中で、これまでの倫也について加藤がどう思っていたかが明らかにされていく。倫也は去年の冬コミの時点で巡璃(加藤)が少しくらいは主人公(倫也)に好意を持っていたのではないかと持論を述べるが、加藤は「あ~、それはないね。うん、この時点では絶対ない」と一刀両断。そして倫也の英梨々に対する気持ちを逆に問い詰めていく加藤。まぁ、倫也は一度英梨々のことを選んでるし、加藤が英梨々を必要以上に警戒するのも無理はない。ただし、共通シナリオのダメ出しを終えて、いよいよ個別ルートに分岐するところから、この巻の本番が始まる。どんな主人公なら良いのかと倫也に問いかけられた加藤はこう答える。

「あ、でも、少しでいいから、嬉しいことや、ドキっとすること言ってくれたり、わたしを大切に思ってる気持ちを伝えてくれたら、それでいいかな?」

「ただ、ほんのちょっとだけ、足りなかったんだよ。下げて、下げて、下げた後の、たまに上げてくれる、一言が……」

「別に、告白なんていらない。ただ、ほんのちょっと、好きになるきっかけでいい。何気ない言葉が、欲しいの。え?そんなんで好きになっちゃうんだ……って、そんな言葉が、欲しいの」

この言葉がもはや告白じゃないかというレベル。ここから二人の間の空気感は劇的に変化する。加藤に対する倫也の回答は、加藤の顔が見たいというものであった。これ以降の倫也は本気モード。ヘタレ主人公の仮面を脱ぎ捨てた彼は、とても倫理くんとは呼べないくらい強引に加藤に迫る。「なんか、顔、見たい」という倫也の要望に対して加藤の回答は少し間が空く。初めこそ倫也の申し出をやんわりと拒絶したものの、いつもと違う雰囲気で迫ってくる倫也に対して、ついに加藤は「……なんだかなぁ」という言葉とともに倫也の要望を受け入れる。スカイプの画面に映った加藤の表情に倫也の意識は吸い寄せられた。彼女の表情は…。

このシーンは間違いなく冴えカノにおける一つのクライマックスだ。表紙の加藤は倫也に顔が見たいと言われたシーンに間違いない。結局、加藤は目立たない自分をメインヒロインとして特別に思ってくれた倫也のことを最初から意識していたのだろう。ただし、その気持ちを恋愛感情に変化させるきっかけがなかった。加藤も言ってるように、ほんのちょっとだけ足りなかったのである。7巻における倫也と加藤の和解シーンも一つの転機であったが、ついに11巻にして倫也の短くも核心を突いた言葉によって加藤は完全に倫也を好きになってしまった。まぁ、倫也を本気にさせたのはそもそも加藤の言葉がきっかけなので確信犯という感じではあるが。その後の二人はまるで今にも付き合いそうな雰囲気。公園のシーンとかキスするんじゃないかと思って冷や汗かいた。しかし、その後のスカイプのシーンでそれ以上の悶絶を味わわされることになった。

そしてエピローグ。倫也を意識するようになってしまった加藤は深夜の本読みを中断したいと言い出す。この辺りが意外と初心な感じで、またしても悶絶する。加藤の申し出を了承した倫也であったが、やはり今回の倫也は一筋縄ではいかない。9月23日は加藤の誕生日。誕生日のお祝いを口実に倫也は加藤をデートに誘う。どうにかフラットを装っていた加藤もついに降伏してデレ始める。あれ、これ付き合うの確定した?「俺と黒猫は恋人になった」のシーン再来かと身構えたが、さらに予想の斜め上を行く展開に。9月23日の12時。待ち合わせ時間の少し前。雑音のせいでなかなか声が聞き取れない一本の電話によって、物語は起承転結の転を迎えたことが告げられた。

これは冴えカノ史上最も先が気になる終わり方…。まぁ、このまま加藤と上手くいくっていうのは、筆者が丸戸史明なので有り得ないとは思っていたが。ヒロインが事故で死んじゃったりとか、病気で死んじゃったりとか、とにかく死んじゃったりとか、不吉なフラグが立っていたから恐ろしすぎる。流石に加藤死亡はないと思うけど、加藤に何かアクシデントがあってデートに行けなくなったというのが一番ありそうな展開か。本人に何かあったのか、加藤の家族に何かあったのか、それとも親友の英梨々に…。ただし、英梨々は6巻で一度倒れているから、今回も英梨々関連というのは考えにくいところ。そもそも誰から誰への電話なのかもはっきりしていない。加藤から倫也への電話というのはミスリードで、倫也から加藤への電話、あるいは英梨々から加藤への電話という可能性も有り得る。

2016年11月6日日曜日

東北電力の経営戦略

ハーバード戦略教室
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シンシア モンゴメリー
文藝春秋
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中小企業診断士の勉強をしていると、いずれは渡米してMBAに挑戦なんて夢が膨らんでくるが、冷静に考えて外国語で経営学を勉強するとか不可能に近い。MBA気分を味わうべく11月初頭の休日を費やして読んだのがハーバード戦略教室。実は2年前にも読んでいるのだが、今読んでみると考えが結構変わってくるのが面白い。ハーバード・ビジネス・スクールの教授が書いているだけあってマイケル・ポーターの考えが随所に見られる点とか、そもそも戦略ではなくリーダーシップについて書いた本ではないかという疑問とか、お茶の水女子大学出身らしい翻訳家が内容を正しく理解していないのではという疑惑とか、以前より客観的というか斜に構えて読んだ気がする。しかし、企業に存在意義を与えることこそ経営戦略であるという要旨は王道ではあるが不変の真理だろう。

さて、ここで電力会社の存在意義は何か考えてみる。簡潔に述べると、低廉かつ安定的な電力供給を行うことで地域、国家の発展を支えること、という答えになるだろう。産業と生活に欠かせない電力供給を通じて地域が発展し、地域が発展することで電力会社は成長していくことができる。「東北の繁栄なくして当社の発展なし」というのは東北電力の社是である。しかし、電力産業が花形産業であったのは高度経済成長の時代からバブル崩壊までであった。電力需要は経済成長と高い相関性を持つためである。日本の経済成長は減速し、地方経済の停滞は特に著しい。現在の日本は人口減少時代に突入しており、産業革命に匹敵するイノベーションでも起こらない限り、かつてのような経済成長を目にすることは難しいだろう。

原子力発電所の停止、電力の小売全面自由化、送配電部門の法的分離も大きな問題であるが、東北電力のような地方の電力会社が直面する最大の課題は経済の縮小に伴う電力需要の減少である。2050年までに東北電力管内の人口は3割程度減少することが見込まれている。電力需要の減少によって深刻な影響を受けるのが送配電事業である。インフラ事業は薄利多売が基本であり、設備形成に要する膨大なコストに対して得られる利益はごく僅かなものである。発電事業は需要が減っても発電所を減らすことで対応できるが、送配電事業は需要が減ったからと言って設備をそのまま減らせるわけではない。どのような山奥でも需要がある限り、設備を形成して維持するのは電力会社の義務である。多少のコスト削減では3割の需要減少を賄うことはできない。

低廉な電力供給を続けるためには送配電設備を縮小していくことが避けられない。これは電力事業に限らず全てのインフラ事業において同様である。JRが不採算路線から撤退するように、電力会社も採算の合わない地域からは撤退せざるを得ない。しかし、人が住んでいる地域から電気を奪うことは現実的に不可能である。そこで電力会社は自治体と協力してコンパクトシティの実現に向けて動くことが必要だと思う。コンパクトシティは産業や生活に関わる諸機能を都市の中心部に集約することで、効率的な都市運営を図っていく考えである。人口減少が既定路線であるとすれば、いずれ行政も自らの存亡を賭けてコンパクトシティの実現が必要になる。東京電力でも関西電力でもなく、深刻な人口減少に直面する地方の電力会社が先陣を切ってこの問題に対応するべきだろう。深刻な危機に直面する東北電力だからこそ、コンパクトシティの実現によって送配電事業の効率性を一早く高められる可能性がある。

また、小売事業においてはガスや水道といった他のインフラ事業者と提携していくべきである。小売事業は送配電事業ほど深刻な危機に直面していないが、現状のままでは需要の減少によって効率性が低下していくのは避けられない。そこで同じような営業と料金の体系を持つガスや水道の事業者と提携して小売事業を統合する。範囲の経済によって規模の縮小に対応していく考えである。ガス事業や水道事業は自治体が営んでいることが多いため、上記のコンパクトシティ政策と合わせて自治体と協力していくことが望まれる。東京電力や関西電力は他電力管内への越境販売に積極的であるが、エリア外に営業網を持たない地方の電力会社が首都圏で直接小売事業に乗り出すのは非効率であり、小売事業はエリア内に集中すべきだろう。

エリア外において直接小売事業に乗り出すことには反対だが、一方で電力の越境販売は地方電力会社の成長に欠かせない。東北電力の強みは最大の電力消費地である関東に隣接することである。既に東京ガスとシナジアパワーという合弁会社を設立して、北関東において高圧需要の獲得に乗り出しているが、東京ガスとの提携はさらに深化させていくべきだろう。東北における需要の減少を関東への越境販売で補うことが東北電力の成長には欠かせない。東京ガスは関東において強固な営業網を有しており、電力自由化後のスイッチング件数においてトップを走る存在であることからも、関東において東京電力に対抗可能な唯一の企業であると考えられる。

そして最後に電力会社の将来を左右するのが電源構成である。原子力発電に特化した関西電力は福島第一原子力発電所の事故が起きるまでは競争力の高い電力会社であったが、現在では原子力発電への依存度が低い中部電力にその地位が移っている。方向性は大まかに三通りあると考える。一つはLNG火力を中心とした電源構成であり、中部電力と東京電力が目指す道である。両社は燃料調達と火力発電所の新設事業を統合したJERAという合弁会社を設立しており、スケールメリットによってLNG火力の競争力を高めようとしている。一方、関西電力を中心とした西日本の電力会社は今後も原子力の維持を目指していくと思われる。事故を起こした沸騰水型ではなく、加圧水型の原子炉を採用しているため早期の再稼働が見込まれるためである。また、中部電力と東京電力がLNG火力においてスケールメリットを追求している以上、関西電力は消去法的に原子力を切り札にせざるを得ない。

しかし、東北電力が選択すべき道はどちらでもない。LNG火力は今後も電源構成の中心であり、女川と東通の再稼働は目指すべきだと思うが、特に注力すべきなのは再生可能エネルギーである。具体的には太陽光を除いた水力、風力、地熱、バイオマス四種類の電源である。再生可能エネルギーにはLNG火力や原子力に対抗できる価格競争力はないが、政策的支援によって今後も成長が見込まれる電源だと考える。東北は再生可能エネルギーの宝庫であり、再生可能エネルギーは規模の割に立地地域の経済を活性化させる効果が高い。電源開発そのものが雇用と消費を生み出すだけではなく、開発後も風力であれば風車が観光資源となり、バイオマスは林業の活性化につながる。再生可能エネルギーの買取価格は全国の電気料金に賦課されるため、東北で再生可能エネルギーを開発すれば開発するほど東北の経済が潤う。一方で再生可能エネルギーは環境破壊につながる可能性もあり、電源開発においては地域との信頼関係構築が欠かせない。立地地域との調整能力に秀でた電力会社こそ再生可能エネルギーの開発においてメインプレイヤーとなりうる存在であり、その中で条件の良い位置にあるのが東北電力だと思う。東北の繁栄を存在意義とするのであれば、再生可能エネルギー開発そのものを東北経済の発展につなげていくべきではないか。そのときには東北電力は地域とともに未来をひらく存在となるだろう。

2016年10月27日木曜日

東京電力は原子力事業を分社化すべきか

東京電力の原子力事業を分社化させるという案が浮上している。福島第一原子力発電所の廃炉費用が想定額を大幅に上回ることが明らかとなり、今まで以上に踏み込んだ東電改革が必要とされているためである。東京電力は既に小売部門を東京電力エナジーパートナー、送配電部門を東京電力パワーグリッド、発電部門を東京電力フュエル&パワーとして分社化しており、特に発電部門については将来的に中部電力と統合させる動きもある。原子力発電事業については持株会社である東京電力ホールディングスに残されたが、経済産業省は火力発電事業と同様に原子力発電事業も分社化して他社と提携させる考えである。他社との提携によるスケールメリットで事業の効率性を高めるというのが表向きの理由だが、柏崎刈羽原子力発電所の再稼働が真の狙いではないかというのが報道各社の見方である。

柏崎刈羽原子力発電所は出力821万kWという世界最大の原子力発電所であり、福島第一、福島第二と並んで、東京電力にとって利益の源泉となる発電所であった。福島第二の再稼働が現実的に不可能である以上、東京電力にとって唯一の頼りとなるのが柏崎刈羽である。最近まで東京電力と経済産業省は柏崎刈羽の再稼働によって廃炉費用を捻出するというプランを描いていた。しかし、新潟県知事選挙の結果は東京電力と経済産業省にとって予想外のものであった。米山隆一は過去に原発再稼働を熱烈に推進していたにも関わらず、県知事選の出馬に至って反原発に鞍替えした非常に信用ならない人物であるが、新潟県民が柏崎刈羽の再稼働にNOを突き付けたことは間違いない。柏崎刈羽の再稼働は絶望的といっても過言ではないだろう。

そこで経済産業省が考えた秘策が原子力事業の分社化なのだと思う。事故を起こした東京電力への不信感は拭えない。それならば原子力事業を分社化して東京電力の看板を外せば良いのではないかと考えたわけである。具体的には柏崎刈羽原子力発電所を東京電力から切り離し、東北電力の原子力部門に統合させるという案である。一橋大学の橘川武郎教授が以前から提唱している案であり、新潟県を営業地域とする東北電力が事業主体となれば地元の同意を得やすいのではないかという考えである。東北電力の女川原子力発電所は東日本大震災において福島第一を上回る規模の地震と津波に直面したが、福島第一のような事態に陥ることなく、後に行われたIAEAの調査では驚くほど損傷を受けていないという評価を得ている。また、東北電力は東京電力と同じ沸騰水型の原子炉を採用しており、地元電力会社として柏崎刈羽原子力発電所の開発にも密接に関わってきた経緯がある。柏崎刈羽の再稼働が遅々として進まない中、ついに東北電力との提携案が本格化してきたのである。

しかし、東北電力との提携案はあまりにも無謀な素人考えだと思う。東北電力は既に女川原子力発電所と東通原子力発電所という二つの原子力発電所を抱えており、こちらの再稼働で手一杯の状況である。この上さらに柏崎刈羽の再稼働まで任されるような事態になれば、東北電力の原子力部門で働く社員は電通もびっくりの過重労働を強いられるようになるのではないか。また、東北電力には柏崎刈羽に出資するだけの資金的な余裕もない。東日本大震災によって東北電力が受けた財務的な被害は甚大であり、五年をかけて何とか財務状況を回復した段階にある。柏崎刈羽が競争力のある電源であることは間違いないが、東北電力の営業地域は人口減少が著しく、今後は電力需要が減少していくことが予想される。柏崎刈羽の電気を全て東京電力に固定価格で売電できるというのであれば話は別だが、売り先に困るような事態に陥れば宝の持ち腐れになってしまうだろう。

そもそも東京電力は柏崎刈羽を手放して良いのだろうか。東京電力にとって柏崎刈羽は福島第一の廃炉に必要なキャッシュを生み出す最重要資産である。他社との提携は廃炉に必要なキャッシュを社外に流出させてしまうことにはならないか。もし柏崎刈羽の利益を全て廃炉費用にするというのであれば、そもそも他社にとって提携するメリットはない。そして原子力発電に限った話ではないが、リスクをゼロにするというのは不可能である。そこで社会が受け入れ可能なレベルにまでリスクを下げることが焦点となるわけだが、東京電力の看板を外しただけで新潟県民はリスクが下がったと感じるのだろうか。

2016年10月6日木曜日

続編待望のアニメBEST5

1位 涼宮ハルヒの分裂/涼宮ハルヒの驚愕
全てはここから始まったと言っても過言ではない作品。2006年の1期放映から今年で10年目。10年を経ても未だハルヒ以上に熱中した作品はないかもしれない。先日のエウロパのニュースを聞いて、そういえば中学生の頃にハルヒの影響で宇宙とか時空とかに興味を持って、相対性理論の本を必死に読み耽っていたことを思い出した。原作に残された最後の長編である分裂と驚愕をアニメ化して欲しい。そして京アニ復活の狼煙を上げて欲しい。

2位 中二病でも恋がしたい!リメイク
京都アニメーションの集大成と言える作品。詳しくは京アニの集大成 中二病でも恋がしたい!に記載。涼宮ハルヒの憂鬱のオマージュではないかと思われる。個人的に京アニは涼宮ハルヒの憂鬱に始まり、この作品で終わった感がある。これまで京アニが積み上げてきた全ての要素を内包しており、1期の完成度はかつて類を見ない高さ。ただし、2期は蛇足だったかも…。実はアニメと原作で展開が全く異なっており、原作もどこか懐かしさを感じさせる良作に仕上がっている。かなり望み薄ではあるが、原作準拠のリメイクも見てみたい。

3位 やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。終
このライトノベルがすごい!で3連覇を果たした作品。ここまで考えさせられるラブコメ作品は珍しい。そしてここまで気になる終わり方をしたアニメも前代未聞。綺麗に完結させることができればライトノベル史に残る屈指の名作となるだろう。三角関係の行方は原作でも未踏の領域で各所で考察がなされている模様。筆者の考察はやはり俺の青春ラブコメはまちがっている。11巻 感想にて。早く原作12巻とアニメ続編が出ますように…。

4位 冴えない彼女の育てかた Girls Side
現在最も期待している作品。原作7巻は涼宮ハルヒの消失を読んだときと同じくらいの衝撃を受けた。2017年春の続編放映が既に決まっており、衝撃の7巻がアニメ化されると思われる。以前に原作から予想する冴えカノ2期の構成という記事を書いたが、ストーリーの連続性を考えるとGirls Sideは2期とは別枠のような気もする。Girls Sideは7巻の裏側にして、第一部の集大成。OVAでのアニメ化を期待。

5位 ソードアート・オンライン プログレッシブ
異世界系の代表作品。プログレッシブはアインクラッド攻略を第1層から書き直すという壮大な試みで、原作は4巻にして第5層という恐ろしい進捗状況。これが第75層まで続くというのは正気の沙汰ではないが、本編アリシゼーションの100倍面白い。第1層のフロアボス攻略後にアスナと別れていなかったという衝撃の展開で始まるプログレッシブはアスナ追憶編と言っても過言ではない。詳しくはSAOプログレッシブ4巻 感想にて。製作サイドが原作の続く限りアニメ化していくと明言しているので、プログレッシブも是非アニメ化して欲しい。

2016年10月2日日曜日

覇権のゆくえ

アメリカ合衆国が孤立主義に回帰しようとしている。大統領選挙に勝つのはヒラリー・クリントンだと思うが、トランプ旋風はアメリカ国民がこれ以上世界の面倒ごとに巻き込まれたくないと考えていることを明らかにした。これまでアメリカ合衆国は世界の警官としてアフガニスタン、イラク、シリアに軍事介入を行い、クリミア紛争ではNATOの中核としてロシアに対抗してきた。そして現在は南シナ海問題で中国と対立し、日本、韓国、フィリピンといった同盟国と中国の封じ込めに奔走している。しかし、アメリカ合衆国の一強時代は終わりを迎え、日本やドイツといった先進国だけではなく、中国を筆頭とする新興国が世界経済において重要なプレイヤーとなってきた。アメリカ合衆国が世界一の超大国であることに変わりはないが、その経済力は相対的に落ち込んでいる。国際秩序の安定は必要なことだが、何故アメリカ合衆国だけが莫大な軍事費を支出し続けなければならないのか。ドイツや日本といった同盟国は自力で地域の安定を維持するべきであり、ロシアや中国と対立を続けるのも得策ではないとアメリカ国民が考えるのも自然なことである。新興国の経済成長が今後も続くものと仮定すれば、アメリカ合衆国でトランプの政策が支持されるのは時間の問題である。

しかし、現在の国際情勢でアメリカ合衆国が孤立主義に回帰するのは極めて危険である。ロシアと中国は領土的野心に溢れており、特に世界第二の経済大国となった中国の国力は凄まじい。アジアやアフリカの新興国に次々とインフラ投資を行い、事実上の軍事同盟にまで至っている国も多い。国際金融の面でもAIIBを設立し、人民元はついにIMFのSDRに加わった。EU脱退を決めたイギリスは先進国の中で真っ先にAIIBへの参加を表明し、中国に接近している。イギリスはアメリカ合衆国の最重要同盟国であり、歴史的な経緯からしてもイギリスの裏切りはアメリカ合衆国にとって相当なショックだったに違いない。ドイツ、フランス、イタリアといったヨーロッパの主要国は軒並みAIIBに参加することとなり、ヨーロッパがアメリカ合衆国のコントロールから離れてきていることを見せつけた。

このような情勢下でアメリカ合衆国が孤立主義に回帰すればどうなるだろうか。ロシアのクリミア半島併合は確定し、かつての勢力圏だった東ヨーロッパを奪い返しにくるだろう。中国もアメリカ合衆国が介入しないと分かれば、南シナ海は言うに及ばず、いずれは台湾併合に乗り出すのではないか。日本も相当な危機に直面する。アメリカ軍が撤退した後の沖縄は中国にとって絶好の標的である。ここに至り、中国とロシアに真っ向から対抗することを選ぶ国が二つ現れる。それはドイツと日本である。EUの盟主となったドイツはアメリカ合衆国に代わって東ヨーロッパをロシアから守るべく立ち上がる。日本も中国の脅威から身を守るべく、戦前のように急速な軍備拡大を行う。韓国、フィリピン、ベトナムといった周辺国も中国の脅威を受けて日本に接近するようなる。そして第三次世界大戦は驚くべきことにアメリカ合衆国不在の状態で行われるのではないか。

第三次世界大戦の主な戦場は東ヨーロッパと東アジアである。東ヨーロッパでロシアに対抗するのはドイツ、ポーランド、ウクライナの三か国である。多くのヨーロッパ諸国はドイツ寄りだが中立を維持し、イギリスだけは早くもロシアへの接近を試みるだろう。東アジアでは日本、韓国、フィリピン、ベトナムが中国に対抗する。中国陣営に入るのは北朝鮮、ラオス、カンボジア、ミャンマー、カザフスタン、バングラデシュ、パキスタン、スリランカといった国々である。アメリカ合衆国、日本と共にセキュリティーダイヤモンドを担うはずのオーストラリア、インドはいずれも日和見な態度で日本には味方しない。アメリカ合衆国の参戦がなければ中国が勝利する可能性が高いためである。アメリカ合衆国さえ参戦すればヨーロッパもアジアも大多数の国がアメリカ陣営となるだろう。しかし、アメリカ軍のいない戦場においてドイツと日本に味方する国がどれだけいるだろうか。そして同盟国を見捨てたアメリカ合衆国もいずれ中国とロシアに滅ぼされるだろう。

2016年9月24日土曜日

裏磐梯・那須旅行記録

9月の3連休を利用して裏磐梯と那須に行ってきた。仙台から郡山まで東北自動車道で2時間、初日は郡山の布引高原に向かった。布引高原は猪苗代湖の南に位置する高原で、風況の良さから国内最大の風力発電地帯となっている。電源開発が保有する風車33基の総出力は65980kWで、2007年から運転を開始している。福島県というと福島第一原発のイメージが強いが、只見川の水力、柳津西山の地熱、そして布引高原の風力と、実は自然エネルギーにおいても屈指の電源地帯となっている。浜通りには東北電力の原町火力、東京電力の広野火力、両社が共同出資する新地火力、勿来火力と火力発電所も複数立地しており、まさに日本を代表する電源地帯となっている。

布引高原に民家は存在しないが、大根やキャベツの畑が広がっており、美瑛や富良野のようなパッチワーク状の田園風景が見渡せる。高原ということもあって見晴らしが良く、北に猪苗代湖と磐梯山を臨むことができる。夏はヒマワリ、秋はコスモスが有名で、風車とマッチした美しい景色を見せてくれる。あまり有名な観光スポットではなく、この日も観光客にはほとんど出会わなかったが、個人的には今回の旅行で一番良い場所であったように思う。

 


布引高原を下りると、眼下には猪苗代湖が見えてくる。日本で四番目の面積を誇る湖で、福島県のほぼ中央に位置する。高1のときに地歴部の旅行で、会津若松から自転車で山を越えて猪苗代湖まで行ったことを思い出す。あのときは3月で白鳥がたくさんいた覚えがある。


猪苗代湖を西回りに北上して、裏磐梯に到着。湖沼地帯として知られる裏磐梯でも特に有名なのが複数の小さい湖沼から成る五色沼である。五色沼は林間学校で行った思い出深い場所であり、この世の全てを置いてきたと言っても過言ではない。小学5年生に戻りたい。初日は毘沙門沼から赤沼まで散策した。泊まったのは裏磐梯レイクリゾートというホテルで、じゃらんによると宿泊客の総数が福島県で一番多いらしい。リフォームしたばかりの綺麗なホテルで、見た目の割には価格もそこそこで良いホテルだった。


二日目は再び五色沼に。ちなみに裏磐梯レイクリゾートは五色沼まで徒歩5分という好立地である。二日目は柳沼、青沼、弁天沼、みどろ沼、瑠璃沼を見たが、色の鮮やかな青沼が抜群に綺麗だった。曇っていたので写真だと分かりにくいがミルキーブルーといった感じの色をしている。瑠璃沼は奥に隠れていて中々見つからない謎の沼。




この日は裏磐梯から足を延ばして会津若松へ。磐梯山ゴールドラインを使うと1時間程で会津若松の市街に出ることができる。会津は歴史的に報われない土地で、戊辰戦争で新政府に敗れたことも有名だが、戦国時代の頃から領主が度々不運に見舞われている。戦国時代に会津を治めていた蘆名家は跡継ぎに恵まれず断絶し、蘆名家を滅ぼした伊達政宗も豊臣秀吉から会津を没収される。伊達政宗に代わって会津に転封となった蒲生氏郷は織田信長の娘婿であり、秀吉亡き後の天下人候補にも挙げられる人物であったが、若くしてこの世を去った。蒲生家の後は上杉景勝が入封するが、徳川家康と対立したために関ヶ原の戦いの後に米沢へ減封されている。その後も蒲生家、加藤家といった大名が封じられるが、いずれも断絶の憂き目に遭っている。盆地という地形の影響もあり、なんとなく暗い雰囲気の漂う地域であった。


三日目は裏磐梯から那須へ。磐越自動車道と東北自動車道を乗り継いで2時間程で那須に着いたが、那須の一般道が渋滞していたため、那須に着いてから時間がかかった。那須で向かったのはチーズガーデンというお店。有名な御用邸チーズケーキなどが食べられる。個人的には御用邸チーズケーキより、レアチーズケーキの方が美味しかった。実は那須は北海道に次いで生乳の生産が盛んな地域であり、那須塩原市は本州で最も生乳の生産量が多い。大学の頃に農村地域論のレポートで農村居住の実例として那須を取り上げたときの知識である。

那須でもう一つ向かったのがアルパカ牧場である。那須の冷涼な気候を活かして、400頭のアルパカが飼育されている。クラレのCMに出てくるアルパカもここのアルパカらしい。アルパカを見るのは初めてだったので知らなかったが、アルパカは人間と非常に目の合う動物で、かなりの高確率で人間に近寄ってくる。下の写真は道端の草を食べさせている様子。飼育スペースにも草は生えているのに何故か食べに来る。雨に濡れてあまりもふもふしていなかったが、屋根のあるエリアではちゃんともふもふしたアルパカもいた。アルパカを触ることもでき、観光客が少なかったのでゆっくりと楽しむことができた。


2016年8月28日日曜日

もし小早川隆景が長命であれば

小早川隆景は1533年に毛利元就の三男として生まれた。やがて中国地方の太守となる元就であるが、当時は大内家に属する国人の一人に過ぎず、隆景は人質として幼少期を山口で過ごした。元就の養子政策の一環として、隆景は1544年に竹原小早川家の養子に入り、1550年には本家である沼田小早川家の家督を継承する。この家督継承には主君である大内義隆の意向も働いていたとされ、義隆に気に入られていた隆景は若年にして桓武平氏の名門である小早川家の棟梁となる。小早川家は瀬戸内海において水軍を束ねていた一族の一つであり、小早川水軍を率いる隆景は元就の下で戦功を重ねていく。

1571年に元就が没すると、隆景は甥である毛利輝元の補佐役となり、兄の吉川元春と共に毛利の両川と称された。元春が毛利家の軍事を担当したのに対し、隆景は水軍の情報収集力を活かして主に毛利家の外交を担った。1570年代の後半になると信長の中国侵攻によって毛利家は窮地に陥るが、山陽方面の司令官として秀吉と渡り合ったのが隆景であった。宇喜多直家の離反後は窮地に立たされ、ついに織田家に対する領国の大幅な割譲を強いられることになったが、明智光秀の謀反によって九死に一生を得た。

信長の後継者として秀吉が台頭すると、隆景は秀吉に一早く接近して、毛利家は秀吉の傘下に入ることとなった。秀吉は隆景を高く評価し、四国征伐の後には隆景に伊予一国を与えて独立した大名として扱った。九州征伐の後には筑前と筑後を与え、豊臣秀俊の養父になると輝元と同列の五大老に加えた。九州征伐の陣中に元春が亡くなったため、隆景は1597年に没するまで毛利家を事実上統率する人物であった。西国は小早川隆景に任せれば全て安泰であると秀吉から評価され、家康に対抗できる唯一の人物と見られていた。秀吉は凡庸な輝元よりも隆景を毛利家の指導者と見なしていたが、その背景には輝元への不信もあっただろう。輝元は柴田勝家、徳川家康と連携して秀吉包囲網を構築しようとしたことがあり、秀吉と軍事衝突を起こす危険性もあった。毛利家が存続を果たしたのは隆景が秀吉との友好関係を保ち続けたためであり、秀吉には隆景に毛利家の領国を継承させる構想もあっただろう。

毛利家は石見銀山と瀬戸内海の水運に影響力を持ち、莫大な運上銀によって表高以上の国力を有していた。毛利は京都まで銀で橋を架け、徳川は京都まで米で道を敷くことができると言われたように、毛利家は徳川家に対抗可能な唯一の大名家であった。五大老を定めた秀吉は政権の均衡を維持するため、家康に対抗し得る存在として前田利家を優遇した。しかし、当初は家康に次ぐ石高を有する輝元と隆景の両名がその位置にあり、隆景が急死したために秀吉は死後の政権構想を練り直さなければならなかった。もし隆景が毛利家の指導者として長命を保っていれば、秀吉死後の豊臣政権において家康と互角に渡り合うこともできたのではないか。家康は福島正則や黒田長政といった武断派に接近していたが、隆景は石田三成や小西行長といった吏僚派に近かった。家康と隆景が豊臣政権の派閥闘争を背景に覇権競争を繰り広げるのは間違いない。

島津忠恒による伊集院忠棟の謀殺事件は戦争の引き金になるかもしれない。庄内の乱に発展する事件であるが、この事件の黒幕は家康と親交の深い島津義久であったとされる。九州統一目前まで迫ったことのある島津家の脅威を排除するため、薩摩征伐は隆景にとって選択肢の一つとなるだろう。薩摩征伐によって上方では軍事的空白が生まれ、隙を突いて挙兵した家康が大坂城を占拠する展開が予想される。史実における会津征伐と反対の展開であり、九州から帰還した隆景と家康が決戦に至り、勝利した方が次の天下人となるだろう。

2016年8月22日月曜日

スイッチング件数の地域差に関する考察

電力自由化から4か月以上が経過したが、スイッチング件数の地域差が興味深いので考察してみた。電力広域的運営推進機関によると、7月末時点でのエリア別スイッチング件数は以下の通りである。

北海道電力 7万5000件
東北電力 4万500件
東京電力 87万200件
中部電力 10万8600件
北陸電力 3900件
関西電力 29万9200件
中国電力 4600件
四国電力 7300件
九州電力 6万3700件

一目で分かるのは東京電力と関西電力のスイッチング件数が突出していることである。スイッチング件数の9割近くが東京電力と関西電力のエリアに集中している。いかに首都圏と関西圏の人口が多いと言っても、日本の人口にそこまでの偏りはない。この2つのエリアにスイッチングが集中した要因としては、参入した新電力の数の多さが挙げられる。首都圏と関西圏は市場の大きさが桁違いであり、どの新電力も主戦場としているエリアである。特に東京ガスと大阪ガスの存在が大きい。同じユーティリティー企業であるガス会社は電力会社にとって最大のライバルであり、実際にスイッチング件数の半分は東京ガスと大阪ガスによるものである。他のエリアには東京ガスと大阪ガスのような大手のガス会社が存在しないため、ライバルの不在が低調なスイッチング件数に繋がっていると考えられる。関西電力に次いで規模の大きな中部電力のスイッチング件数が少ないのはライバルである東邦電力の存在感が小さいためであろう。関西電力は二度も電気料金の値上げを行ったため、電気料金が高いイメージがある。確かに全国的に見て関西電力の料金水準は高い部類にあるが、実は中部電力も関西電力並みに電気料金は高い水準にある。震災前は関西電力にトヨタ系の需要を全て奪われるのではないかと戦々恐々としていた程である。電気料金の水準以上に、エリア内に強力なガス会社が存在するかどうかがスイッチング件数の多さに影響しているように思う。

もちろん電気料金の水準もスイッチング件数に強い影響を与えている。電気料金が全国で最も高い北海道電力は東京電力と関西電力に次いでスイッチングの割合が高くなっている。そして電気料金の最も低い北陸電力ではスイッチング件数が最も少なくなっている。また、北陸電力と同様に震災後の値上げをしていない中国電力もスイッチング件数が少ない。しかし、電気料金の水準からは説明できない事象が発生している。それは東北電力と九州電力のスイッチング件数である。東北電力は他電力と異なり、東日本大震災によって原発停止以外に直接的な被害を受けている。太平洋沿岸の発電所、送配電設備が被災したことにより、震災後の東北電力は全国トップクラスの料金値上げに踏み切った。現在でも北海道電力、東京電力に次いで高い電気料金となっている。一方、九州電力は原子力発電所の早期再稼働が見込まれることもあって、料金水準は低めに抑えられている。九州電力の電気料金は北陸電力に次ぐ安さである。それにも関わらず、需要家数の変わらない東北電力と九州電力では何故か九州電力の方がスイッチング件数が多くなっている。同じ辺境の地である東北と九州で何故このような差が生まれたのか。それは地域の特徴的な家族構造、ひいては住民の価値観に由来しているのではないかと思う。

九州は核家族の割合が高い地域である。鹿児島県は東京都に次いで核家族の割合が高い都道府県であり、3位の神奈川県、4位の大阪府を上回って2位にランクインしている。核家族の割合が9割を超えるのはこの4都府県のみである。都市化の進んだ首都圏や関西圏ほど核家族の割合が高くなっているが、何故か鹿児島県は全国的にもトップクラスで核家族の割合が高いのである。九州は他にも宮崎県、福岡県、長崎県、大分県で核家族の割合が8割を超えている。英米圏に代表されるように核家族は自由を好み、新しいものを受容する傾向にある。この価値観がスイッチング件数の多さに反映されたのではないか。一方、東北は核家族の割合が低い地域である。仙台都市圏を抱える宮城県でも核家族の割合は8割を下回り、全国最下位の山形県に至っては核家族の割合は6割程度となっている。東北の家族構造は日本において伝統的な直系家族が特徴的であり、直系家族は秩序と安定を好む保守的な文化を形成する。住民の保守的な姿勢が東北電力のスイッチング件数を料金水準の割に低調なものにしていると考えられる。

2016年8月20日土曜日

ニセコイの悲劇 負け組パティシエ小咲ちゃん

いちご100%の東城綾とニセコイの小野寺小咲は非常に共通点の多いキャラクターである。黒髪で清楚なルックス、天然、温厚、内気な性格、そして物語のスタート時点において主人公と両想いの関係にある。物語を通じて最後の最後まで両想いであるにも関わらず、何故か金髪ヒロインに主人公を奪われるという損な役回りまで同じである。いちご100%では東城をずっと応援していたので、東城が真中に振られたときはショックで胸を痛めたものだが、それでも東城はまだ良かった。真中の恋愛のパートナーにこそ選ばれなかったものの、映画製作という夢のパートナーには選ばれたからである。負け組ヒロインの東城であるが、最終話では意外にも生き生きとしている。小説家として類稀なる才能を持つ東城は真中の憧れであり、東城は真中といつまでも夢を追いかけることができるのだろう。というか一緒に仕事をするようになったら、この二人は絶対不倫すると思う。


一方、同じ負け組ヒロインでも小咲の状況は絶望的である。小咲は楽のお嫁さんになるという以外に夢を持っていないためである。家業である和菓子の仕上げが得意という描写はあったが、最終話では何故かパティシエになっている。マジカルパティシエ小咲ちゃんのネタなのだとは思うが、いちご100%の西野と同じパティシエになるとは何とも皮肉である。真中と結ばれた西野はフランス留学でパティシエの夢も叶えて順風満帆なラストを迎えたが、小咲は楽に振られた挙句に作者のネタで意味もなくパティシエにさせられた。和菓子屋の娘なのに何故パティシエにされたのか。大和撫子として描かれてきた小咲が最終話で何の前触れもなくパティシエにさせられたのは違和感しか覚えない。同じ負け組ヒロインであるはずの東城と比較しても圧倒的な負け組であったが、勝ち組パティシエの西野と比較すると小咲の悲惨さが際立つ。

ニセコイ最終話では主要メンバーの中で小咲だけが唯一顔を見せず、楽と千棘のウエディングケーキを作っている。楽との電話を終えた小咲の台詞は意味深である。一見すると意欲的な台詞のように聞こえるが、疲れ果てた人間の自殺前の台詞のようにも聞こえる。物語を通してずっと相思相愛であった相手を圧倒的に自分より劣るヒロインに奪われたのである。小咲は楽に振られてからずっと死にたくなるような日々を送ってきたのではないか。いちご100%のときは西野も東城とは違った魅力が明確に描かれていたため、西野の勝利は予想外ではあったが納得することはできた。しかし、ニセコイでは物語の構造から千棘の勝利は約束されていたものの、物語後半になるにつれて千棘はどんどん魅力を落としていったため、楽が小咲より千棘を好きになったのは全く理解できない。小咲も楽がどうして千棘を選んだのか正直納得できていないのではないかと思う。小咲は何故わざわざパティシエになったのか。それは作者の単なる思い付きではない。作者の思惑を超えて、まさに楽と千棘のウエディングケーキを作るために小咲はパティシエになったのである。絶望を抱えながら小咲はこの日を待っていた。楽と千棘、二人のフィナーレを飾るウエディングケーキである。顔を見せずに巨大なウエディングケーキの前に立っている小咲の描写は何とも不気味である。この巨大なウエディングケーキの中は果たしてどうなっているのだろうか。

2016年7月23日土曜日

冴えない彼女の育てかた10巻 感想

冴えない彼女の育てかた (10) (ファンタジア文庫)
丸戸 史明
KADOKAWA/富士見書房 (2016-07-20)
売り上げランキング: 27
8巻の加藤、9巻の英梨々に続き、10巻の表紙は詩羽先輩。すっかり過去の人となってしまった感のある詩羽先輩だが、今巻では久々にメインを張っていた。主な内容としては紅坂朱音に叩きのめされた詩羽先輩が初めて倫也に弱音を吐き、その様子を見てショックを受けた倫也が詩羽先輩の復活を願って、「ぼくのかんがえたさいきょうのうたはせんぱい」(詩羽先輩ルート)を製作するというストーリー。倫也が神と崇める天才クリエイターの詩羽先輩が挫折する姿は衝撃的であったが、倫也のシナリオが励みになったのか、最後は壁を乗り越えてクリエイターとして更なる成長を遂げる。紅坂朱音に認められるシナリオを書いたことで、詩羽先輩も英梨々と並ぶ天才クリエイターの道を歩み始めた。

詩羽先輩の可愛さが詰まった良作だったので、詩羽先輩ファンにとっては非常に満足のいく内容だったのではないか。普段は知的で大人びているのに、実は子供っぽい可愛さに溢れているところが良い。詩羽先輩が倫也のシナリオを読んでいくときのシーンが非常に可愛くて10巻のクライマックスだった。

「じゃ、じゃあ……シャンパンを……っ」

ただし、個人的には挿絵にあるような楽しい合宿回を期待していただけに、合宿の描写が合宿先に向かう新幹線の車内だけでほとんど終わるという前代未聞の試みは残念だった。最初は沖縄に行くという話が何故か伊豆に変更になり、まぁ伊豆でも良いかと思っていたら、海も温泉もその他諸々のイベント描写もないままに、紅坂朱音の襲来によって合宿回が終わってしまうという悲惨な結果だった。詩羽先輩と英梨々が帰った後も充実したサークル合宿は行われたようなので、FDかGirls Sideでの補完を是非お願いしたい。新生blessing softwareも和気あいあいとした雰囲気が大分出来上がってきたので、英梨々と詩羽先輩の二大ヒロインがいなくても十分に面白いと思う。特に第二部に入ってからの出海ちゃんは中々にキャラの魅力が出てきているので、そろそろメイン回を出して欲しい。

合宿が終業式直後に始まっているため、次回もまだ夏休み編が続きそう。秋から冬にかけての季節は丸戸史明のシリアス展開待ったなしなので、夏の間に加藤と交流を深めていくのではないかと予想。じゃないとメインヒロインである叶巡璃ルートが書けなくなってしまう。合宿回で恋愛方面に何か動きがあるのではないかと予想していただけに、ここから倫也がどうやって加藤との仲を深めていくのかが気になる。

2016年7月3日日曜日

ラブライブ!サンシャイン!!で一番人気になるのは誰か

◆渡辺曜
第1回センター総選挙1位を獲得した最有力候補。主人公である千歌の幼馴染であり、海未とことりの系譜を継いでいると考えられる。アニメ1話を見た限りでは性格的に主人公肯定型のことりに近く、体育会系という点で海未の要素もある。千歌のもう一人の幼馴染である果南が3年生であるため、幼馴染かつクラスメイトであるのは曜一人ということになり、前作における海未とことりのポジションを独占できる有利な立場にある。ただし、千歌の興味が転校生の梨子に向いており、ストーリー的に2年生組の中では埋没する可能性が高い。アニメ放映後は人気1位の座から滑り落ちているのではないかと予想。

◆黒澤ルビィ
第1回センター総選挙2位にして個人的最有力候補。μ'sにおいて最大の人気を誇る「にこ真姫」の系譜を継ぐ者。アイドル好きで人見知りという性格は花陽そのものだが、「にこ真姫」を足して2で割ったようなルックスをしている。黒澤姉妹の名前の由来は、にこの誕生日がある7月の誕生石ルビー、真姫の誕生日がある4月の誕生石ダイヤから来ているという説が有力視されており、ルビィは「にこ真姫」の後継者として優遇されそうな予感。相方である花丸とのペアもルックス的に最良。表情があざとい。ことり推しもルビィに流れるのではないか。ことり推しなので現状の推しメン。

◆桜内梨子
第1回センター総選挙3位の実力に加え、アニメにおいて最も優遇されることが約束されている勝ち組。性格的に海未に近い雰囲気を感じるため、千歌と梨子のペアが「ほの海未」の系譜を継ぐことになりそう。ピアノで作曲できるという点では真姫の要素を受け継いでおり、Aqoursに欠かせない主要人物となりそう。1stシングルで千歌と並んでセンターの位置にいること、アニメ1話の最重要人物ということもあり、少なくともアニメ1期において最も目立った動きをするのが梨子でないかと思われる。人気1位の座を手に入れられるかはストーリーにかかっている。

◆津島善子
第1回センター総選挙4位。中二病な設定はにこの系譜を受け継いでいると思われる。Aqoursにおいて最も個性的なメンバーで一部のファンからは根強い人気を誇りそう。アニメ1話においてツンデレっぽい性格を見せたことから、こちらが真の「にこ真姫」枠かもしれない。EDのイラストから最終的には曜とペアを組むことが予想される。人気メンバーの常連になることは間違いないだろう。

◆国木田花丸
第1回センター総選挙5位。一人称と語尾に若干の不安が残るが、凛の系譜を受け継いでいると考えればアリなのかもしれない。ルビィの幼馴染という点も凛のポジションを引き継いでいるように思われるが、性格的には凛との共通点が見出せず、他のμ'sメンバーとも雰囲気が異なるため、現状で最も今後の展開が読みにくいメンバー。1年生組はルビィ、ヨハネと人気どころが目白押しのため、花丸も1年生人気に乗れれば安泰か。

◆高海千歌
第1回センター総選挙6位。主人公にして穂乃果の後継者であることは言わずもがな。穂乃果とキャラが重なりすぎて初見の感じがしない。ただし、姉から妹にジョブチェンジをしたためか全体的に甘えている印象を受け、穂乃果よりも頼りない感じがする。皆を引っ張っていく元気はあるが、穂乃果以上に何かやらかしそう。梨子との百合展開次第では人気が出そうな気もするが、個人的には穂乃果以上の不人気主人公となるのではないかと予想する。

◆黒澤ダイヤ
第1回センター総選挙7位。生徒会長にして、スクールアイドルを認めない厳格な姿勢は絵里そのもの。絵里に比べてポンコツな点が強調されており、割と早々に陥落するのではないかと思われる。ツンデレ黒髪お嬢様という設定はテンプレ故にやはり良い。前回の総選挙では7位だったが人気メンバーの常連になるポテンシャルは持っていると思われる。妹ルビィの人気も強み。ルビィと並んで現状の推しメン。

◆小原鞠莉
第1回センター総選挙8位。金髪白人のルックスから絵里の後継者かと思いきや、天然でお調子者な性格は希の系譜を引き継いでいる。絵里も希もμ'sの人気常連メンバーであるが、鞠莉は意外にも不人気。実家がホテルチェーンを経営していることと関係があるのか果南に敵視されているようで、1stシングルのPVを見る限りでも鞠莉に関してはストーリーにおいて一波乱ありそう。OPでも3年生だけシリアスなシーンがあったことから、鞠莉の人気は花田十輝の脚本にかかっているだろう。

◆松浦果南
第1回センター総選挙9位。アニメ1話を見た限りでも果南の不人気は固定されそうな感じがする。ドラマCDからいずれ鞠莉とペアを組むことが予想されるが、相方も不人気なので救いようがない。主人公の幼馴染というポジションにサバサバした性格は海未の系譜を引き継いでいると言えるが、海未の可愛い部分が全く残っていない感じがする。海未推しであったが故に、果南の出来損ない感が目に見えて残念。

2016年7月2日土曜日

もしハプスブルク家がドイツ統一を果たしていたら

世界史においてドイツほど可能性を感じさせる国なはい。ドイツ民族はヨーロッパ最大の人口を誇る民族でありながら、歴史的因果によって民族の統一は妨げられ、近代までイギリスやフランスの後塵を拝してきた。それでも帝国主義の時代にドイツは飛躍を遂げて、ヨーロッパ最強の座を手に入れた。イギリスを追い抜くのに半世紀もかからなかった。世界大戦に敗れたドイツは二つの帝国を失うが、ナチスという最悪の環境下においても歴史の表舞台に出るのに時間はかからなかった。二回目の大戦ではヨーロッパ全土の占領に王手をかけた。結果的にアメリカとソ連という二つの超大国を前に敗れ、戦後は分断という苦難が待ち受けていた。しかし、ここでも驚異的な復興を果たしたドイツは今や欧州連合の中心として再び列強の地位に登りつめている。何度敗れても這い上がる、それがドイツという国である。もしドイツに運さえあれば、歴史の行方は大きく変わったのではないだろうか。
 
ドイツの運命を左右する鍵はハプスブルク家にあると思う。16世紀にハプスブルク家は広大な領土を統治するため、スペイン王家とオーストリア大公家に分かれた。この分裂がドイツの悲劇につながった気がしてならない。もし、スペイン育ちのフェルディナント1世がスペイン王家を継承し、カール5世がドイツに留まっていれば歴史は大きく変わっただろう。カール5世はネーデルラントの先進的な気風の中で育ち、元来プロテスタントには寛容な人物であった。カール5世がオーストリア大公家を継承していれば、カトリックとプロテスタントの対立によるドイツの分断は防ぐことができた。有力諸侯と正面から対決することは避け、オスマン帝国やポーランド共和国といった外国を標的に国内をまとめ上げる。獲得したハンガリーやポーランドへドイツ民族の入植を進め、東欧のドイツ化によってハプスブルク家の勢力は拡大していく。18世紀末には東欧におけるドイツ民族の人口は本国に匹敵するまでに成長し、ハプスブルク家は名実ともにドイツ民族の王となったはずである。ナポレオン戦争の過程でドイツの有力諸侯を滅ぼしたハプスブルク家は19世紀初頭にドイツ統一を果たし、19世紀末にはバルカン半島の全域をオスマン帝国から獲得するだろう。

そしてドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の誤った外交戦略がなければ、ドイツ帝国は露仏同盟に対抗して大英帝国と同盟を結んでいたはずである。19世紀の大英帝国はアフリカにおいてフランス帝国と、アジアにおいてロシア帝国と植民地獲得競争を繰り広げ、ドイツ帝国は最も摩擦の少ない列強であった。ドイツ帝国にとっても東欧の領有を争うロシア帝国こそ最大の宿敵であり、ドイツ帝国と大英帝国は互いに同盟の締結を選択する。ドイツ帝国にバルカン半島を奪われたオスマン帝国、ドイツ帝国と南チロルの領有問題を抱えるイタリア王国は露仏同盟の陣営に付いた。20世紀初頭の日露戦争はヨーロッパに飛び火して、フランス帝国によるドイツ帝国への電撃侵攻によって第一次世界大戦は開始する。開戦当初は四方面作戦を強いられたドイツ帝国が圧倒的に不利な立場にあったが、アラブ民族の反乱によってオスマン帝国が戦線を離脱し、大戦後期にはロシア革命の勃発によってロシア帝国も戦線からの離脱を余儀なくされる。国力で劣るフランス帝国は戦争の長期化によって降伏に追い込まれ、ドイツ帝国は逆転的な勝利を収める。

第一次世界大戦の結果、ヨーロッパは大英帝国とドイツ帝国の二強体制に移行する。大英帝国はフランス帝国と領有を争っていたエジプト王国を保護国とすることに成功し、ロシア帝国の影響下に置かれていた中華民国とペルシャ王国を勢力圏に加え、史上類を見ない巨大な植民地帝国を完成させる。一方、ドイツ帝国の版図もイスタンブール西岸にまで達し、ロシア帝国の敗北によって東欧のスラブ民族主義は終焉を迎える。ドイツ帝国が得るものはそれだけではない。ドイツ帝国の崩壊がなければロシア革命もまた失敗に終わっていたはずであり、革命鎮圧のためにロシア帝国は一転してドイツ帝国と同盟を結ぶことになる。革命政府はドイツ帝国の参戦によって崩壊し、以降のロシア帝国はドイツ帝国の支援を受けて急速な近代化を遂げる。後方の憂いを解消したドイツ帝国は大英帝国との覇権競争に乗り出していく。

ドイツ帝国は既にアフリカにおいて英仏の隙間を縫うように、トーゴ、カメルーン、ナミビア、タンザニアに植民地を築いているが、第一次世界大戦後はトルコ共和国を保護国に加えて中東に進出する。オスマン帝国旧領の内、アラブ民族の居住地域は大英帝国の勢力圏となっていたが、唯一パレスチナのみはドイツ系ユダヤ人の移住先としてドイツ帝国の植民地となる。やがてユダヤ人とアラブ人の対立はドイツ帝国と大英帝国の間に摩擦を生み出していく。さらにドイツ帝国は北アフリカへの進出を目論むイタリア王国、スペイン王国と連携して、既得権益の維持を目指す大英帝国を追い込んでいく。大英帝国は宿敵であったフランス共和国と一転して同盟関係に至り、中東と北アフリカをめぐる対立はヨーロッパを二大陣営に分裂させる。

極東においては日露戦争に勝利した大日本帝国が満州を獲得し、中国大陸への進出を強めていく。中華民国は袁世凱を中心とする北京政府と孫文を中心とする南京政府に分裂しており、大英帝国と大日本帝国は北京政府、ドイツ帝国とロシア帝国は南京政府を支援して、中華民国の内戦は列強の代理戦争の様相を呈する。孫文の後継者となった蒋介石はドイツ帝国の支援の下で近代化を進め、ロシア帝国の軍事支援を受けて北伐を開始する。中華民国は南京政府の下で統一され、大英帝国は世界大戦で手に入れた中国大陸の覇権を失ってしまう。さらにペルシャにおけるレザー・パフレヴィーのクーデター、英領インドにおける独立運動の激化によって、大英帝国が築いた植民地帝国は崩壊に向かっていく。

世界恐慌を契機に自由貿易体制が崩壊すると、列強の抗争は激しさを増すようになる。ドイツ帝国のペルシャ内戦への介入、イタリア王国のエチオピア侵攻、スペイン王国のモロッコ侵攻、大日本帝国の満州侵攻といったような局地的な紛争が頻繁に発生し、大英帝国が広大な植民地帝国を維持できずに没落する一方で、国際社会はドイツ帝国とアメリカ合衆国を中心とした二つの陣営に分かれていく。しかし、第一次世界大戦の経験から列強は破局的な戦争の勃発を恐れ、第二次世界大戦の発生は回避される。この背景にはドイツ帝国がアメリカ合衆国に先んじて核兵器の開発に成功したこともある。ドイツ帝国とアメリカ合衆国は対立を続ける一方で、両国が中心となって大戦の発生を防止するための機関として国際連盟が設立される。以下にアンガス・マディソン教授の統計を用いて、1937年時点における主要国のGDPを示す。黒字がドイツ帝国の陣営、赤字がアメリカ合衆国の陣営であることを示している。

1.アメリカ合衆国 8325億ドル
2.ドイツ帝国 6439億ドル
3.ロシア帝国 4105億ドル
4.大英帝国 3027億ドル
5.中華民国 2960億ドル
6.英領インド 2508億ドル
7.大日本帝国 1956億ドル
8.フランス共和国 1881億ドル
9.イタリア王国 1430億ドル
10.独領インドネシア 785億ドル
11.アルゼンチン共和国 557億ドル
12.英領カナダ 507億ドル
13.ブラジル共和国 484億ドル
14.スペイン王国 453億ドル
15.英領オーストラリア 393億ドル
16.メキシコ合衆国 348億ドル
17.スウェーデン王国 326億ドル
18.トルコ共和国 270億ドル

ドイツ帝国とアメリカ合衆国の協調によって、第二次世界大戦の勃発は未然に防がれた。両国は表向きの友好関係を保ちつつ、世界規模の軍事同盟を構築して冷戦時代に突入していく。冷戦構造の基盤となるのは独露同盟と米英同盟の対立である。19世紀まで宿敵関係にあったドイツ帝国とロシア帝国はロシア革命を契機に同盟関係へと発展し、ロシア帝国はドイツ帝国の支援を受けて近代化を果たし、ドイツ帝国もアジアに強い影響力を持つロシア帝国との同盟は覇権構築の礎となっている。ドイツ帝国にとってロシア帝国は地政学的に宿命的なライバル関係にあるため、逆説的にロシア帝国と同盟を結ぶことでドイツ帝国は最大の安全保障効果を得ることができる。ドイツ帝国とロシア帝国の同盟を相手に陸軍力で優位を得るのは不可能に近い。人的資源に恵まれたドイツ帝国と物的資源に恵まれたロシア帝国は相互に不足する資源を補うことのできる経済的にも最適なパートナーである。

一方、米英同盟は独露同盟に対抗して生まれた後発の同盟関係である。ドイツ帝国と大英帝国の覇権競争はドイツ帝国の勝利に終わり、大英帝国は中華民国とペルシャを手放すこととなった。自由貿易を求めるアメリカ合衆国と植民地において保護貿易を実施する大英帝国は経済的な敵対関係にあったが、膨張するドイツ帝国に危機感を抱いたアメリカ合衆国は大英帝国との同盟を選択する。ドイツ帝国とロシア帝国がランドパワーの筆頭であるとすれば、アメリカ合衆国と大英帝国はシーパワーの筆頭である。アメリカ合衆国との同盟によって大英帝国は世界に散らばる植民地帝国を維持することができる。また、アメリカ合衆国は大英帝国の植民地にアクセスすることで世界一の経済大国として十分な市場を確保することができるようになる。

米英同盟にとってヨーロッパにおいて最も重要な国がフランス共和国である。ドイツ帝国はイタリア王国とスペイン王国の北アフリカ侵攻を支持する中で両国と同盟関係を構築している。包囲される形となったフランス共和国が敵対陣営の侵攻を受けて陥落すれば、米英同盟はヨーロッパ大陸への橋頭堡を失ってしまう。アメリカ合衆国、大英帝国、フランス共和国、デンマーク王国、ノルウェー王国、ポルトガル王国は第二次世界大戦の勃発に備えて北大西洋条約機構を構築し、フランス共和国を拠点にドイツ帝国の軍事的脅威に対抗している。一方、ドイツ帝国もロシア帝国、イタリア王国、スペイン王国、スウェーデン王国と共にワルシャワ条約機構を構築し、ヨーロッパを分断する二つの軍事同盟が生まれる。

世界大戦の教訓から両陣営はヨーロッパにおいて戦火を交えることはないが、ヨーロッパの裏庭となっている中東と北アフリカでは別の話である。旧領の奪還を目指すトルコ共和国とアラブ民族主義を掲げるエジプト王国はシリアを舞台に紛争を繰り広げ、宗主国であるドイツ帝国と大英帝国の代理戦争の様相を呈している。大英帝国から独立を果たしたペルシャ王国はドイツ帝国の支援を受けており、シーア派地域の統合を目論んでイラクやアラビア半島への侵攻を繰り返している。第一次世界大戦によってドイツ帝国が獲得したパレスチナはドイツ系ユダヤ人の植民地として発展し、領域の拡大を目指してエジプト王国を筆頭とする周辺アラブ諸国との紛争を引き起こしている。北アフリカではリビアに続いてエチオピアの領有に成功したイタリア王国が勢力を強めており、北アフリカに既得権益を持つフランス共和国との対立を深めている。

西アジアと同様に東アジアでも熱戦が展開されている。ドイツ帝国とロシア帝国の支援を受けて北伐に成功した蒋介石の中華民国は大日本帝国の満州侵攻に直面する。近代化に成功したアジア唯一の国を前に中華民国は敗戦を重ね、満州占領と華北侵攻の憂き目に遭う。中華民国はドイツ帝国とロシア帝国の支援を要請し、日中戦争は列強間の戦争へと発展する。最終的に大日本帝国は朝鮮半島への撤退を余儀なくされるが、敗戦によって蒋介石の指導力は失われ、中華民国は再び軍閥が割拠する時代に戻る。ドイツ帝国が華北、ロシア帝国が満州を事実上支配するようになり、敗戦を経て大日本帝国はアメリカ合衆国との同盟締結に至る。

自由貿易を標榜するアメリカ合衆国は同盟国となった大英帝国、フランス共和国、大日本帝国といった列強に植民地の解放を求めた。アメリカ合衆国が率先してフィリピンの独立を承認すると、アジアとアフリカでは植民地の独立運動が盛んとなり、世界最大の植民地帝国を有する大英帝国も独立後の影響力確保を目論んで独立運動に正面から抵抗することはなかった。ドイツ帝国の陣営も植民地問題で第三世界を敵に回すことを恐れ、1940年代後半から陣営を問わず植民地の独立が進んでいく。植民地は独立を果たしたものの、経済的には旧宗主国への従属を強いられ、政治的にも冷戦構造に組み込まれていく。

冷戦は本質的にランドパワーとシーパワーの対立が基盤となっており、両陣営の攻防はリムランドを中心に行われていたが、1950年代に入るとアメリカ合衆国の裏庭となっていたラテンアメリカも冷戦対立の戦場となる。ラテンアメリカは事実上アメリカ合衆国の支配下にあり、ドイツ帝国はラテンアメリカに根差す反米主義を利用して搦手からアメリカ合衆国に戦争を仕掛ける。反米主義の筆頭はラテンアメリカ唯一の白人国家アルゼンチン共和国である。アルゼンチン共和国を拠点にドイツ帝国はラテンアメリカにおける反米闘争を展開し、ラテンアメリカ諸国を内戦の渦中に陥れていく。

2016年6月30日木曜日

ラブライブ!サンシャイン!! Guilty Kissメンバーに関する考察

夏アニメ覇権候補筆頭であるラブライブ!サンシャイン!!の展開を予想してみる。ラブライブでも神田明神や秋葉原が舞台として度々登場していたが、それ以上にラブライブ!サンシャイン!!からは地域性が強く感じられる。PVやドラマCDにおいて静岡県沼津市内浦が作品の舞台として強くPRされており、Aqoursのキャラクター設定も地域を意識したものとなっている。主人公の高海千歌は実家が旅館を経営しており、幼馴染の松浦果南も実家がダイビングショップである。クラスメイトの渡辺曜は父がフェリーの船長をしている。この3人が穂乃果、海未、ことり的な立場の初期メンバーであると思われるが、いかにも海辺の町という設定である。さらに生徒会長の黒澤ダイヤと妹のルビィは旧網元の名家出身で、ルビィの親友である国木田花丸も地元で代々続く寺の娘である。こちらも地方の田舎町といった雰囲気を感じさせる。

PVでみかん畑が出てきたり、富士山を背景にした海辺のイラストが描かれたり、ドラマCDで地元の水族館に行ったりと、やたらに内浦という地域が強調されているのが本作品である。タイトルにサンシャインと付いていることもあり、明るい海辺の町で繰り広げられるスクールアイドルの日常を描く作品となりそう。しかし、気になるのはメンバーに余所者が混じっていることである。余所者の代表がμ'sの音ノ木坂学院から転校してくる桜内梨子である。1stシングルのPVで千歌と一緒にセンターにいることから千歌に次ぐメインキャラクターであることが分かるが、一人だけ音ノ木坂学院の制服を着ていたりと、前の6人に比べると随分異色な存在である。また、イタリア系アメリカ人の父を持つハーフである小原鞠莉は実家がホテルチェーンを経営しており、PVで小原家が果南から敵視されていたことを考えると地元との関係は良くないようである。最後に津島善子はメンバー紹介のページにわざわざ「都会の沼津出身」と記載があり、内浦の地元メンバーとは一線を画す存在であることが分かる。

実は余所者の3人には同じユニットGuilty Kissに属するという共通点もあり、この3人はあえて余所者という設定にされたのではないかと考える。Aqoursのメンバーが通う浦の星女学院は既に廃校が決まっており、その原因は他の多くの田舎町と同様に内浦が経済的に衰退し、人口減少に直面しているためと思われる。μ'sは廃校阻止を目的にスクールアイドルを始めたが、その目標は話題づくりによって入学希望者を増やすためであった。Aqoursの場合、廃校を阻止するためには学校の前に地域を活性化させる必要がある。そう考えるとAqoursはスクールアイドル活動による話題づくりを契機に、内浦周辺地域の観光振興を行うことが使命なのではないかと感じられてくる。地元メンバーと余所者メンバーが交流を深め、それぞれの知見を活かしていくことで地域活性化に取り組んでいくのがラブライブ!サンシャイン!!のテーマになるのではないかと思われる。

1stシングルのPVでは小原鞠莉が最後のメンバーになるシーンが描写されている。小原家のホテルチェーンをめぐって地域問題が発生するが、Aqoursの活躍によって地元と小原家が和解して、共に地域活性化に努めていくような展開が考えられる。このときにキーマンとなるのが小原鞠莉と、鞠莉を誘った千歌となるのではないか。さらにPVで一人だけ音ノ木坂学院の制服を着ていた梨子はラブライブ1期最後のことり的ポジションになりそう。梨子は千歌の誘いを受けて転入早々にメンバーに加わりそうだが、千歌と並ぶメインキャラクターであることを考えるとストーリーのラストにおいて本当に仲間に加わるような展開ではないか。

2016年6月12日日曜日

もしアンリ4世がカトリックに改宗していなければ

ブルボン朝の始祖アンリ4世はユグノーの盟主でありながら、カトリックへの改宗という奇策でユグノー戦争を終結させた。アンリ3世の死によってヴァロワ朝が断絶すると、ブルボン家のナバラ王アンリはアンリ4世としてフランス王に即位した。しかし、パリ盆地を中心とするフランス北部は敵対するカトリック同盟が掌握しており、カトリックが圧倒的なパリ市民もプロテスタントの王を認めなかった。そこでアンリ4世はカトリックへの改宗という元も子もない奇策に出るが、結果的にフランスを統一することに成功した。

ただし、アンリ4世の改宗は後世のフランスに禍根を残すことになる。アンリ4世はナントの勅令によってユグノーに対する信仰の自由を認めたものの、17世紀に入るとブルボン朝はユグノーの弾圧に転じるようになる。フランスの人口に占めるユグノーの割合は10%程度であったが、ユグノーは毛織物や絹織物といったマニュファクチュアの重要な担い手であり、ユグノーを除いてフランスの商工業は成り立たない状況にあった。ラ・ロシェルやボルドーといった大西洋の港における海上交易はユグノーが独占しており、著名な銀行家も全てユグノーであった。フランス経済におけるユグノーの力は圧倒的であり、1685年にルイ14世がフォンテーヌブローの勅令を発令すると、ユグノーの多くはネーデルラント、イングランド、ドイツに移住し、ユグノーの去ったフランスは経済力を大きく損なうことになる。フランスはヨーロッパ最大の人口を誇る一方、産業革命や植民地競争においてイングランドの後塵を拝するようになり、19世紀に入ると新興のプロイセン王国に脅かされるようになるが、フランス経済を担っていたユグノーの流出が要因となっていることは間違いない。

アンリ4世の改宗は短期的にはフランス統一という成果を挙げているが、長期的にはフランス衰退の原因となったのではないか。アンリ4世にはカトリックに妥協しない選択肢もあった。それはフランス国外のカルヴァン派との連携である。カトリック同盟の背後には西ヨーロッパ統一を目論むハプスブルク家の存在があり、スペイン王フェリペ2世はネーデルラントとイタリアに加えて、大国フランスをも支配下に置こうとしていた。フェリペ2世の支配に最も強く抵抗していたのが、オラニエ公ウィレム1世を中心とするネーデルラントのカルヴァン派である。実はウィレム1世はアンリ3世の弟アンジュー公フランソワをネーデルラントの君主に擁立し、フランス王国との連携によってハプスブルク家の支配から脱却する計画を企てていた。西ヨーロッパにおいてスペインに対抗できる大国はフランスを除いて他になく、オラニエ=ナッサウ家との協議次第ではアンリ4世がネーデルラントを勢力圏に加えることもできたのではないか。反ハプスブルクを旗印にカトリック同盟との対決姿勢を打ち出していれば、フランス国民の愛国心を利用してカトリック同盟を瓦解に追い込むこともできたように思う。フランス南部とネーデルラントからパリ盆地を挟み撃ちにすることで、アンリ4世は妥協することなくパリを手に入れることができたはずである。

カトリックの盟主であるハプスブルク家に対して、ブルボン家はプロテスタントの盟主としての地位を確立することになる。三十年戦争においてプロテスタントの盟主となったのはスウェーデン王グスタフ2世アドルフであったが、ブルボン家がプロテスタントの盟主として三十年戦争に本格的に介入することも可能となる。神聖ローマ皇帝の位をめぐるハプスブルク家とブルボン家の対決にまで発展していたのではないか。三十年戦争によってブルボン家はライン左岸を獲得し、ネーデルラントも正式にブルボン家の領地となる。カルヴァン派の拠点スイスもブルボン家の保護国となるかもしれない。神聖ローマ帝国の領域であってもナポレオン戦争までにフランス領となったアルザスやロレーヌはフランスへの帰属意識が強いため、ドイツ西部の諸侯を懐柔することができれば、現代のフランスは東方に大きく領土を広げていたのではないか。

また、植民地競争においてもネーデルラントの海軍力を活かしてフランスはイングランドと十分戦えるようになるだろう。ネーデルラントも史実では英蘭戦争に敗れており、フランスとの連携はWin-Winの関係となる。第二次英仏百年戦争の結果、フランスは北米大陸とインドから完全に撤退することとなるが、ネーデルラントと連携する場合は結果も異なってくるだろう。カナダとルイジアナは確保し、インドもイングランド一国による独占支配ではなく、フランスとの分割という形になったのではないか。

2016年6月7日火曜日

作並温泉旅行記録

ゆづくしSalon一の坊に行ってきた。日帰り入浴で既に3回訪れているが、やはり仙台近郊では抜群に良い温泉宿である。仙台の奥座敷というと全国的には秋保温泉の方が有名であるが、昭和の香りが漂う時代遅れの温泉宿が多く、装飾が豪華なだけで質はイマイチという印象を受ける。作並温泉は秋保温泉の10分の1程度の小規模な温泉地であるが、開発が進まなかったことで緑豊かな景観を維持している。特に一の坊は和モダンな雰囲気のある温泉宿で、シンプルながらも洗練された空間を提供している。

一の坊の魅力は何といっても露天風呂である。3種類の露天風呂があるが、最奥に位置する広瀬川源流露天風呂がおすすめである。目の前が広瀬川の渓流となっており、この時期は新緑に包まれて爽やかな気分で湯に浸かることができる。泉質こそ無色透明であるが、蔵王大露天風呂に並ぶ雰囲気の良さ。秋は紅葉、冬は雪を楽しむことができる。午前が男性、午後が女性専用となっているため、訪問時は注意が必要である。広瀬川源流露天風呂に比べると地味だが、鹿のぞきの寝湯も落ち着いた雰囲気を楽しめる良い露天風呂である。露天風呂に行くまでの廊下も情緒があって良い。




一の坊の特色は名前の通り、普通の温泉宿にはないサロンを備えていることである。綺麗な内装が施されたサロンでは、作並の山々を眺めながら落ち着いた時間を過ごすことができる。紅茶、コーヒー、フレーバーウォーターといったドリンク、お菓子、アイスキャンディーが無料で提供されているのも嬉しい。サロンは日帰り入浴でも使用できるため、このサロンで一日過ごす休日というのも悪くない。日帰り入浴は休日1800円、平日1300円と高めの料金設定だが、サロンで過ごす時間も考えれば割に合った金額と思われる。

作並温泉はアクセスの良さもポイントの一つである。仙台都心から国道48号線をひたすら西に進むだけで到着するため、距離の割に車で50分程度と時間はかからない。途中に鳳鳴四十八滝、ニッカの宮城峡蒸留所といった見所があるため、途中で寄ってみるのも良いかもしれない。蒸留所はNHKの連続テレビ小説マッサンの影響で観光客が増えているようである。


一の坊は作並温泉の他に蔵王と松島でも温泉宿を展開している。蔵王の「温泉山荘だいこんの花」、「ゆと森倶楽部」は森林に囲まれた温泉宿で作並と似た雰囲気。次は御釜の観光も兼ねて、蔵王に泊まりたい。「松島一の坊」は日本三景の松島湾を一望できることが特徴で、伊豆の赤沢温泉ホテルと並ぶ海の露天風呂がある。松島に泊まる機会があるときは、こちらも行ってみたい。

2016年5月21日土曜日

経営戦略全史まとめPart7 最後の答え「アダプティブ戦略」(2010年代~)

★ダンカン・ワッツ(1971~)
コロンビア大学の社会学者ダンカン・ワッツは著書「偶然の科学」において、過去と現在を必然と思いたがる人間心理、結果から全てを判断してしまうハロー効果、自己に対する過大評価が大失敗を生み出す要因となることを指摘した。失敗を回避するためにワッツが提案するのは衆知と対照実験に学ぶ方法である。衆知を集める方法として、幅広い参加者を募って問題解決を図るオープン・イノベーション、身近な成功例を手本に問題解決を図るブライトスポット・アプローチを挙げており、実践による試行錯誤こそが解決策となると論じた。

★エリック・シュミット(1955~)&ラリー・ペイジ(1973~)
試行錯誤型の経営で知られるのがエリック・シュミット、ラリー・ペイジが率いるグーグルである。グーグルはインターネットにおける対照実験とも呼べるA/Bテストを繰り返し、検索サービスの改善に努めてきた。また、2015年に持株会社アルファベットと複数の事業会社に組織再編をしたことからも分かるように、グーグルは本業である検索サービスから離れて様々なIT事業に進出を続けている。Blogger、Gmail、Googleマップ、YouTube、Androidといった事業は無数の失敗の中から生まれてきた。クレイトン・クリステンセンが主張するイノベーションのジレンマを克服すべく、グーグルは社内に小規模ベンチャーを生み出し続けている。

★ティム・ハーフォード(1973~)
イギリスの経済学者ティム・ハーフォードは著書「アダプト思考」において、イラク戦争におけるアメリカ軍の失敗と成功を分析した。1991年の湾岸戦争を契機に、アメリカ軍は情報システムを中核とした空爆・無人兵器・特殊部隊中心の機動戦を基本とするようになり、全ての情報を握る司令部が戦略を決めるトップダウン型の組織へと移行した。しかし、イラク戦争においてトップダウン型の情報戦は大失敗に終わる。アメリカ軍はゲリラやテロに対する治安維持に苦戦し、8年半の占領統治は膨大な数の死傷者を生み出した。現場からの意見が排除され、ラムズフェルド国防長官を中心としたトップの誤った作戦が続けられたためであった。

ラムズフェルド国防長官の更迭後、イラク駐留軍の司令官に任命されたデヴィッド・ペトレイアス大将はアメリカ軍をボトムアップ型の組織に改編した。現場は既に対ゲリラ戦の核心がゲリラの殺害ではなく民心の掌握にあることに気付いていた。民間人の保護と生活向上のための資金提供やインフラ整備を行うことでイラクの民心を掴んだアメリカ軍は劇的に死傷者を減らすことに成功する。試行錯誤型の組織運営は企業経営だけではなく現代戦においても効果を発揮している。

★ティム・ブラウン(1962~)
デザインファームIDEOのティム・ブラウンは、「良い解決策はユーザーを中心とした試行錯誤からしか生まれない」というデザイン思考を掲げる。対話による質問や現場の観察からユーザーの状況や気持ちを理解して共感することから始まり、試作品によって問題解決のアイデアを具体化していく。机上の議論より試作と検証を重視するデザイン思考はイノベーションの世界において注目を集めている。

★スティーブ・ブランク(1953~)&エリック・リース(1979~)
スティーブ・ブランクはスタートアップ4社を株式公開に導いた天才アントレプレナーである。ブランクはスタートアップにおいて必要なチームは商品開発と顧客開発のみであると説く。スタートアップの多くが商品開発に没頭して顧客開発に失敗していることを見抜いたブランクは、顧客がいるのか検証して軌道修正を図っていくことの重要性を論じた。さらに起業家エリック・リースは著書「リーン・スタートアップ」において、ブランクの考えをスタートアップ・マネジメント全体に拡張する。トヨタ生産方式のエッセンスも取り入れたリースは、実用最小限の製品MVP(Minimum Viable Product)を試作して無駄のない迅速な試行錯誤サイクルを回していくことでイノベーションの成功率を劇的に上げる手法を提案した。

★マーティン・リーヴス(1961~)
BCGのマーティン・リーヴスは事業環境の予測可能性、企業行動の事業環境への影響力、事業環境の過酷さという3点から事業環境を分類し、企業は事業環境に応じて適した戦略を選ぶべきであると論じている。事業環境が過酷な場合、無駄の排除や効率向上に注力するサバイバル戦略が適している。電機メーカーの過酷なグローバル競争に苦しむシャープが該当するだろう。事業環境が予測可能でも支配できない場合、競合他社に対するポジショニングに注力するクラシカル戦略が適している。競争の激しい古くからある業界にはクラシカル戦略が適しているだろう。事業環境が予測可能で支配できる場合、将来のビジョンを創り実現方法を考えていくビジョナリー戦略が適している。起業家が活用することの多い戦略である。事業環境が予測困難でも支配できる場合、企業群が規格統一を図って事業基盤を形成していくシェイピング戦略が適している。デジタル革命の初期にIT企業群が選択した手法であり、新たな産業の創成期や大きな変動の後に見られやすい。環境が予測困難で支配もできない場合、試行錯誤を繰り返して迅速に対応するアダプティブ戦略が適している。流行の変化が激しい小売業界に適した戦略で、ファストファッションのZARAやH&Mが取り入れている戦略である。事業環境の変化が激しい21世紀において、アダプティブ戦略は有効な戦略となるだろう。

2016年5月16日月曜日

経営戦略全史まとめPart6 21世紀の経営環境と戦略諸論(2000年代~)

◆世界経済の不安定化
21世紀は2001年のアメリカ同時多発テロに始まり、原油価格高騰、リーマンショック、ユーロ危機と世界経済の不安定な状況が続いている。新自由主義を代表する経済学者ミルトン・フリードマンは市場原理に基づく経済運営を唱え、ロナルド・レーガンやマーガレット・サッチャーによって1980年代から世界経済は自由主義への偏重を強める。新自由主義は世界経済の成長に貢献した一方、2009年の世界金融危機といった市場の失敗によるリスクも大きくなっている。

◆世界経済の膨張と複雑化
1990年代後半から停滞していた世界経済は2003年頃から急成長を遂げる。BRICsを中心とした新興国の経済成長が著しく、世界経済の規模は10年で倍増した。トーマス・フリードマンは著書「フラット化する世界」において、豊かな大衆が増加して世界が均質化していることを唱えた。一方、リチャード・フロリダは著書「クリエイティブ・クラスの世紀」において、均質化したのはクリエイティブ・クラスが集まる都市だけであり、都市単位で考えると世界はむしろ複雑化していると主張した。

◆産業・企業・機能の融合と再編
放送と通信など産業間の融合が進んでいる。産業バリューチェーンの再構築をマッキンゼーはIPR(Industrial Process Redesign)、BCGはデコンストラクションと名付けた。企業間の融合も進む。一部の機能をアウトソーシングすることや競合同士が提携して効率化を図ることも珍しくなくなった。調達・生産・物流の諸機能を一体として管理するSCM(サプライチェーン・マネジメント)、マーケティング・営業・サービスの諸機能を一体として管理するCRM(顧客関係マネジメント)が生み出され、企業の機能も再編が進んでいる。

◆21世紀の経営テーマ
Thinkers50に選出された経営思想家をテーマで見ると、イノベーション、リーダーシップ、ラーニングが最も人気を集めているテーマである。学生はネットとソーシャルに注目している。MBA卒業生の多くはコンサルティングファームと投資銀行を除けば、グーグルやアップルといったネット関連企業に就職している。ネット系のビジネスで起業する学生も多い。アメリカ合衆国の就職人気ランキングではNPOが人気であり、ソーシャルへの関心が高い。日本は他の先進国に比べて企業の海外売上比率が低く、グローバル化が最大の課題となっている。

★クレイトン・クリステンセン(1952~)
HBSのクレイトン・クリステンセンは著書「イノベーションのジレンマ」において、業界のリーダ企業は顧客志向の強さから既存の技術や仕組みを磨くことに専念するため、次のイノベーションに遅れを取りやすいことを示した。リーダー企業のジレンマを解決する方法として、クリステンセンは既存のビジネスから離れた小さな別動隊を組織内に生み出し、新しい顧客を開拓することを唱えた。また、イノベーターの特徴として発見力に優れていることを挙げ、創造性こそがリーダーシップとして最も重要な資質であると述べた。

★ビジャイ・ゴビンダラジャン(1949~)
新興国の経済成長によって年間世帯所得3000ドル~20000ドルの中所得者層は大幅に増加しており、新中間層の市場が劇的な拡大を続けている。また、年間世帯所得3000ドル以下のBOP層(Base Of Pyramid)を対象としたビジネスも生まれている。ダートマス大学のビジャイ・ゴビンダラジャンは著書「リバース・イノベーション」において、新興国を起点としたイノベーションについて論じた。ゴビンダラジャンはGEの研究を通じて、GEが中国市場向けに開発した低価格製品がアメリカ合衆国でも普及していることに着目し、新興国で生まれたイノベーションが先進国に逆流している実態を明らかにした。制約の多い新興国の方がビジネスにおいてイノベーションが必要とされるためであり、新興国に小さな機能横断型の起業組織を設置して、リバース・イノベーションを活性化させることを説いた。

◆ネットの本質
インターネットは従来トレードオフの関係にあったリーチ(情報がどこまで届くか)とリッチネス(情報がどれだけ豊かか)の両立を可能にした。企業や個人は情報を広く深く発信できるようになり、グーグルの検索サービスが人々の情報収集能力を格段に引き上げた。C2Cのオークションサービスが生まれ、中小企業もネットを活かした顧客開拓が可能となり、ネットは個人を始めとした小さき者に力を与えた。

◆ラーニングの新しい動き
北欧発のフューチャーセンターは未来の知的資本を生み出すための試みであり、幅広いステークホルダーを巻き込んだ対話の場が創造的な問題解決策を多く生み出していることで注目されている。一方、未来の知的資本から最大の収益を上げるために知財戦略が必要とされている。重要な特許を取得するだけではなく、知的財産からどのように収益を上げていくかという戦略が求められている。フューチャーセンターや知財戦略で活躍するクリエイティブ・クラスがいる一方、ロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットンは著書「ワーク・シフト」において、スキルがなければ世界中の労働者と競争することになり貧困に追い込まれると論じた。

◆ソーシャルビジネスの発展
社会的課題をビジネスによって解決する試みはバングラデシュの経済学者ムハマド・ユヌスに始まる。ユヌスは農村の貧困層に少額融資(マイクロクレジット)を行うグラミン銀行を設立した。無担保でも村民からの信頼によって融資を受けられる仕組みであり、貧困からの脱却を支援するビジネスとして注目を集めた。ゲーム理論による病院と研修医のマッチングシステムを築いた経済学者アルヴィン・ロスとロイド・シャプレー、無料でオンライン・ビデオ教育を提供するカーン・アカデミーの創設者サルマン・カーンなど、医療と教育の分野を中心にソーシャルビジネスが発展を遂げている。

2016年5月15日日曜日

経営戦略全史まとめPart5 ポジショニングとケイパビリティの統合と整合(1990年代~)

◆ポジショニングVSケイパビリティ
ケイパビリティ派躍進の背景となっていた日本企業の成長は1990年代から停滞を見せる。マイケル・ポーターは1996年に「戦略とは何か」という記事をHBR(ハーバード・ビジネスレビュー)に投稿し、競争優位を築くためにはケイパビリティよりポジショニングが重要であることを改めて主張した。ケイパビリティに優れていたはずの日本企業が不調に陥っているのは戦略の不在、即ちポジショニングの欠如が原因であると喝破した。ポーターの投稿を契機として、ポジショニングVSケイパビリティの論戦が繰り広げられることになる。

★ヘンリー・ミンツバーグ(1939~)
カナダの経営学者ヘンリー・ミンツバーグは徹底して現場を重視する姿勢から、戦略は机上で定型的に生まれるものではないことを主張した。著書「戦略サファリ」において、ポジショニングとケイパビリティのどちらを重視すべきかは状況によって変わるため、企業の発展段階に応じて戦略と組織を柔軟に変えていくコンフィギュレーションを唱えた。ミンツバーグによってポジショニングとケイパビリティ統合の道が開かれた。

★ロバート・キャプラン(1940~)&デビッド・ノートン(1941~)
HBSのロバート・キャプランと経営コンサルタントのデビッド・ノートンは財務指標に偏っていた企業評価の状況を変えるべく、バランスト・スコアカードという業績管理方法を編み出した。1970年代後半以降、アメリカ合衆国では企業の株式を握るようになった機関投資家が短期的な株価の上昇を求め、経営者は財務指標の向上に注力するようになった。しかし、財務指標はあくまでも過去の情報であり、環境変化の激しい現代において真の企業価値を示すものではなかった。バランスト・スコアカードは財務、顧客、業務プロセス、イノベーションと学習という4つの視点から将来性を含めて企業を評価するフレームワークであり、ポジショニングとケイパビリティ両方の視点を統合する試みでもあった。

★チャン・キム(1952~)&レネ・モボルニュ(1963~)
フランスの名門ビジネススクールINSEADの経営学者である韓国出身のチャン・キムとアメリカ合衆国出身のレネ・モボルニュはヨーロッパ発のヒット作「ブルー・オーシャン戦略」を生み出した。マイケル・ポーターが市場での競争に打ち勝つ戦略を追い求めたのに対して、従来の市場(レッド・オーシャン)で競争するのではなく、競争のない新しい市場(ブルー・オーシャン)を生み出す戦略を唱えた。新しい市場コンセプトの案出とそれを実現するケイパビリティの創造、即ちバリュー・イノベーションこそが真の戦略であると唱えた。市場の創造に成功した事例としてアップルのiPod、シルク・ドゥ・ソレイユ、任天堂のDSやWiiが挙げられる。

★ジェフ・ベゾス(1964~)
ブルー・オーシャン戦略を体現する人物がアマゾン創業者のジェフ・ベゾスである。インターネットビジネスにチャンスを見出したベゾスは1995年にインターネット書店のアマゾンを創業する。eコマース(電子商取引)事業に対する先見の明に加えて、ベゾスはブルー・オーシャンを築くための確たる戦略を有していた。物流センターへの莫大な投資を行ったアマゾンは一時的に赤字に陥るものの、翌日には商品を届けるというクイック・デリバリーを可能にした。新たな顧客価値によってeコマース市場にブルー・オーシャンを築いたアマゾンは2016年現在、時価総額において世界7位の巨大企業に成長している。

2016年5月14日土曜日

冴えない彼女の育てかた考察 WHITE ALBUM2との比較から

WHITE ALBUM2と冴えない彼女の育てかたが非常にリンクした作品であることに気付いたので考察してみたくなった。WHITE ALBUM2はintroductory chapter、closing chapter、codaの3部構成となっているが、introductory chapterと冴えない彼女の育てかた7巻までのストーリー展開は似通った点や比較できる点が多い。

◆メインヒロインとの運命的な出会い
「ある春の日、俺は運命と出会った」というプロローグから始まる冴えカノ。桜の舞う坂道で出会った少女に運命を感じた安芸倫也は彼女をメインヒロインにした同人ゲームの作成を思い付く。一方、WHITE ALBUM2では北原春希がある秋の夕暮れ、学校の屋上で学園のアイドル小木曽雪菜と運命的な出会いを果たす。春希は雪菜をメンバーに加えて学園祭のバンド発表に向けて動き出す。
 
◆メインヒロインとの関係
倫也は運命を感じた少女が名前も覚えていなかったクラスメイトの加藤恵であることを知る。印象が薄い加藤はクラスでも目立たない存在であったが、倫也は彼女をメインヒロインとするべく強いこだわりを見せる。一方、春希は雪菜の普通の女子高生としての素顔に気付いており、彼女を学園のアイドルとして特別扱いしなかった。雪菜はそんな春希に逆に興味を持つようになる。

◆才能への憧れ
倫也は同人イラストレーターの澤村・スペンサー・英梨々、ライトノベル作家の霞ヶ丘詩羽という二人の天才クリエイターをサークルメンバーに加える。一方、春希は天才ピアニストの冬馬かずさをメンバーに迎える。どちらの作品もメインヒロインの対抗馬として、才能を持ったヒロインが登場する点が共通している。倫也も春希も才能への憧れを抱く人物であり、サークル活動を通じてその思いを強めていく。

◆過去の因縁
倫也と英梨々は幼馴染であるが小学生時代のいじめがきっかけで疎遠になっていた。詩羽とは深い間柄であったが作家とファンの関係に対する意見の衝突から疎遠になっていた。春希とかずさも物語の開始以前から交流を持っていたことが後に明らかになる。英梨々、詩羽、かずさ、3人とも物語開始時点で主人公に好意を持っており、過去の因縁が関係を複雑なものにしている。

◆メインヒロインを捨てる主人公
冬コミ直前に倒れてしまった英梨々。倫也は英梨々の看病を優先して、加藤に相談することなく冬コミを諦めてしまう。サークルを捨てて那須の別荘で英梨々とクリスマスを過ごしてしまった倫也は加藤を捨てたと言っても過言ではない。春希は雪菜と恋人になったにも関わらず、かずさへの思いを捨てきれずにいた。そして春希は卒業式の後、雪菜を置き去りにしてかずさの元に向かう。

◆主人公を捨てるヒロイン
クリスマスに仲直りを果たしてから英梨々は圧倒的なヒロイン力を見せつけるようになる。しかし、クリエイターとして成長するべく英梨々は詩羽を巻き込んで倫也から離れる決断をする。かずさも春希と結ばれた後、ピアニストとして成長するためウィーンへ旅立ってしまう。主人公に残されたのはメインヒロインのみ。

作者が同じとはいえ、ここまで似ていると何らかの意図を感じてしまう。主人公の名前も意味深である。北原「春」希と安芸(秋)倫也。春希はある秋の夕暮れに雪菜と出会い、倫也はある春の日に加藤と出会った。作者の丸戸史明がWHITE ALBUM2を意識して冴えカノを書いているのは間違いないと思う。ただし、冴えカノでは主人公の気持ちが基本的にメインヒロインに向いている点がWHITE ALBUM2と異なっており、WHITE ALBUM2のキャラクター設定やストーリー展開を踏襲したオマージュなのではないかと考えられる。7巻でintroductory chapter(序章)を終えた冴えカノはclosing chapter(終章)へと突入していく。既に8巻、9巻、Girls Side2まで発売されているが、倫也、加藤、英梨々の三角関係がストーリーの基軸となっている印象を受ける。Girls Side2において加藤と英梨々はひとまず仲直りを遂げているが、今後の展開はどうなるか。

三角関係が動くのは誰かが誰かに告白した瞬間である。WHITE ALBUM2では春希とかずさが付き合うことによって居場所を失うことを恐れた雪菜が電撃的な告白を成功させた。雪菜の告白によって胃が痛くなる三角関係が延々と続くことになるわけだが、結果的に雪菜は最初に春希と恋人になったという既成事実によって、紆余曲折はあったにせよcodaのグランドフィナーレと言える雪菜トゥルーエンドまで進むことに成功する。春希とかずさは物語の最初から相思相愛であったにも関わらず、雪菜への罪悪感が二人の関係に影を落とす。誰が誰にどのタイミングで告白をするかというのは物語の展開を左右する最も重要なイベントとなる。

Girls Side2では加藤が倫也に好意を持ったことがあると明らかにされたが、その感情は揺れ動いている途中のようである。加藤→倫也の告白はしばらく有り得ないと考えて良いだろう。可能性が高そうなのは倫也→加藤、英梨々→倫也の告白である。個人的には倫也→加藤の告白が失敗、その後に英梨々→倫也の告白、ここで倫也が春希並の駄目主人公ぶりを見せて英梨々と恋人になるという展開が一番面白そう。加藤は意図があって(ショックを受けた英梨々が駄目になってクリエイターの仕事に影響が出ないように等の理由から)一時的に倫也の告白を断るが、倫也は傷心から初恋の相手で今も特別な好意を寄せる英梨々からの告白に心を動かされてしまう。倫也が加藤の気持ちに気付いたときには時既に遅し。そして英梨々も倫也と加藤の気持ちに気付いてしまう。倫也、加藤、英梨々の関係がかつてない程ギスギスするようになったところでclosing chapter終了。そしてcodaへ…という流れになりそうな予感。

WHITE ALBUM2では雪菜が学園祭で最後に歌った「届かない恋」が春希がかずさを想って作詞した曲であったという皮肉な事実が明かされる。冴えカノにおいても既に英梨々は加藤をモデルとしたメインヒロインの作画を担当しているが、今後は英梨々が居た堪れなくなる更に皮肉な展開が待っていそう。

2016年5月11日水曜日

経営戦略全史まとめPart4 ケイパビリティ派の群雄割拠(1980~1990年代)

◆日本企業の躍進
マイケル・ポーターが経営戦略とはポジショニングの選択であると論じたのに対して、ポジショニングでは説明のできない事象も起こっていた。それは1970年代から本格化する日本企業の躍進である。複写機市場でゼロックスに挑んだキヤノン、自動車市場でBIG3に挑んだホンダ、いずれも市場は飽和状態であり、絶対的な王者というべき競争相手が既に存在していた。規模も事業経験も劣る日本企業の挑戦と成功はポジショニング戦略では説明のできない事象であった。

BCGはアメリカ合衆国におけるホンダのバイク市場での成功を経験曲線に基づくコストリーダーシップ戦略として説明したが、マッキンゼーのリチャード・パスカルはホンダに対するインタビューから当時のホンダに明確な戦略はなかったことを明らかにして、BCGの誤った分析を心理学用語のハロー効果と関連付けてホンダ効果と名付けた。キヤノンとホンダの躍進は技術力というケイパビリティに基づいた成功であり、有名なトヨタ生産方式も規模に頼らずに生産性向上を目指すものであった。日本企業の躍進はケイパビリティ派が勃興する契機となった。

★トム・ピーターズ(1942~)
マッキンゼーのトム・ピーターズは著書「エクセレント・カンパニー」において、超優良企業43社の分析から7つの成功要因である7Sを導き出した。Strategy(戦略)、Structure(組織構造)、System(組織運営)というハード面だけではなく、Staff(人材)、Skill(スキル)、Style(経営スタイル)、Shared Value(共通の価値観)というソフト面に着目した点が革新的であり、超優良企業では価値観の共有によるマネジメントが行われていることを示した。

◆ベンチマーキング
1980年代にはアメリカ企業の中からもベンチマーキングと呼ばれるケイパビリティ向上策が生まれる。他部署や他企業の優れた事例ベストプラクティスを学ぶベンチマーキングによって復活を遂げた企業がゼロックスである。ゼロックスは競合製品のリバースエンジニアリング、競合の業務プロセス調査という競合ベンチマーキング(業界内比較)から始め、さらに倉庫業務をアウトドア用品通販のL・L・ビーン、請求業務をアメリカン・エキスプレスから学ぶ機能ベンチマーキング(業界外比較)まで徹底して行うことでコスト削減に努めた。日本企業が無意識に行っていた業務改善活動はアメリカ企業によってベンチマーキングとして体系化されることになった。

★ジョージ・ストーク(1951~)
BCGのジョージ・ストークは農機具メーカーのヤンマー、トヨタやホンダといった日本企業の分析からタイムベース競争戦略を生み出した。当時のトヨタやホンダはGMやフォードの半分の時間で新車を開発する研究開発能力、多種類の商品を低コストで素早く納品する生産能力を有しており、ストークは日本企業の競争力の源泉が時間短縮による付加価値向上とコストダウンにあるのではないかと考えた。あらゆるプロセスにかかる時間を短くすることでコストは下がり、顧客の要望から対応までのリードタイムを短縮することで付加価値も上がる。ポーターが戦略の3類型でコスト低下と付加価値向上は二律背反であると論じたのに対して、ストークは著書「タイムベース競争戦略」において、時間短縮というケイパビリティによって両者が同時に実現可能なことを示した。分析可能なケイパビリティ戦略という点でタイムベース競争戦略は有用性があった。

★マイケル・ハマー(1948~2008)
MIT(マサチューセッツ工科大学)のマイケル・ハマーは著書「リエンジニアリング革命」で一世を風靡した。フォードの大量生産システムに代表されるように、分業は近代以降の急速な生産力拡大を支えてきた。一方、徹底した分業体制は個人や現場の自律的な行動を阻害し、コスト増加やサービス低下の原因ともなっていた。ハマーが提唱したビジネス・プロセス・リエンジニアリングは従来の職能別分業体制を見直し、職能横断的な業務プロセスへの変革を求めるものであった。しかし、実現の難しさゆえにリエンジニアリングの試みは多くが失敗に終わることとなった。

★ゲイリー・ハメル(1954~)&C・K・プラハラード(1942~2010)
ロンドンビジネススクールのゲイリー・ハメルとミシガン大学のC・K・プラハラードは著書「コア・コンピタンス経営」において、コア・コンピタンスという概念を提唱した。コア・コンピタンスとは収益につながる持続的で競合上優位なケイパビリティのことである。例えばシャープは液晶技術がコア・コンピタンスであり、この強みを活かしてビデオカメラのビューカム、PDAのザウルス、薄型テレビのアクオスを生み出した。競争力の源泉であるコア・コンピタンスを軸に事業を展開することで、ビジネス環境の変化にも対応して成長することができると論じられた。

★ヨーゼフ・シュンペーター(1883~1950)&リチャード・フォスター(????~)
オーストリア出身のヨーゼフ・シュンペーターはイノベーション理論の始祖として知られる経済学者である。シュンペーターは著書「経済発展の理論」において、企業家の行う不断のイノベーションこそが経済を変動させると主張した。1970年代後半からITを中心としたイノベーションの時代が到来すると、イノベーション理論は改めて注目されるようになる。

マッキンゼーのリチャード・フォスターは2重のS字曲線を用いて、イノベーション普及の原理を示した。横軸が投入された資金や労力、縦軸が成果という図において、新しいイノベーションが古いイノベーションを抜き去るように2重のS字曲線が描けるというものである。シュンペーターがイノベーションの非連続性を論じたように、フォスターは企業の盛衰からイノベーションにおいて担当者の変更が生じることを示した。担当者の変更を防ぐためには、古いイノベーションによって得た利益を次の新しいイノベーションに向けて投資することが必要であると考えられた。

★フレッド・ターマン(1900~1982)&ハワード・スティーブンソン(1941~)
スタンフォード大学中興の祖として知られるフレッド・ターマンはスタンフォード・リサーチパークを創設して多くの先端企業を誘致し、シリコンバレーの生みの親となった。シリコンバレーをベンチャー企業の集積地として発展させ、HP、インテル、アップルといったIT企業群を生み出した。

1980年代になるとハーバード大学も対抗して企業家の育成に乗り出す。HBSにおいて企業家育成コースを立ち上げたハワード・スティーブンソンはアントレプレナーの特徴として、機会を追求した戦略、機会への素早い対応、経営資源の外部調達、フラットな組織構造、チーム単位の報奨システムを挙げて、既存の経営資源に囚われず機会を追求する姿勢こそアントレプレナーシップであると論じた。

★ピーター・センゲ(1947~)&野中郁次郎(1935~)
MITのピーター・センゲはシステム論の観点から企業を理解しようとした。センゲは著書「学習する組織」において、個人と集団の両方の継続的学習から企業の競争優位が生まれることを主張した。個人重視のアントレプレナー論に対して、「学習する組織」は組織重視のラーニング論を展開し、イノベーションを生み出す企業のあり方を論じた。

センゲの継続的学習という概念を具体化したのが一橋大学の野中郁次郎である。野中は著書「知識創造企業」において、共同化Socialization(個人+個人:暗黙知)、表出化Externalization(個人→集団:暗黙知→形式知)、連結化Combination(集団+集団:形式知+形式知)、内面化Internalization(個人:形式知→暗黙知)のプロセスから成るSECIモデルを用いて、個人と集団の中で新しい知識が生まれていく仕組みを示した。SECIモデルはチームでの知識創造、連続した漸進的なイノベーションの仕組みを説明していた点が注目を集めた。

★ジェイ・B・バーニー(1954~)
オハイオ州立大学のジェイ・B・バーニーは著書「企業戦略論」において、VRIO分析を用いて資源ベースの戦略論(Resorce-Based View)を展開した。VRIO分析はValue(経済価値)、Rarity(希少性)、Imitability(模倣困難性)、Organization(組織)という4つの観点から、経営資源が持続的な競争優位の源泉となるか見極めるものである。企業によって収益性が異なる要因を経営資源に求める資源ベース戦略は、外部環境の変化を考慮していない点、VRIO分析の経済価値という概念が曖昧である点、有効な経営資源を生み出すプロセスを示していない点など様々な問題を抱えていたが、ケイパビリティの包括的な分析が可能な点で注目を集めた。

2016年5月8日日曜日

経営戦略全史まとめPart3 ポジショニング派の大発展(1960~1980年代)

★ブルース・ヘンダーソン(1915~1992)
ブルース・ヘンダーソンは1963年に創業したBCG(ボストン・コンサルティング・グループ)をマッキンゼーと並ぶコンサルティングファームに育てた。ヘンダーソンの下でBCGは様々な経営戦略のコンセプトを生み出していく。ジョン・クラークソンが発見した経験曲線もBCGが生み出したコンセプトの一つである。累積の生産・販売量が倍になるとコストが一定の割合で減少していくことを示した両対数グラフであり、短期的な利益を度外視して市場シェア拡大を求め続けた当時の日本企業を説明するものでもあった。生産・販売量を増やして市場シェアを上げることが経験曲線を競合より早く駆け降りる近道であり、日本企業躍進の秘密であった。

BCGは日本経済の躍進に早くから注目したコンサルティングファームであり、日本的経営を世に広めたジェイムズ・アベグレンの下で1966年に早くも東京オフィスを設立している。財務論の研究者アラン・ゼーコンを招いて生み出したのが持続可能な成長の方程式で、借入比率を高めることが持続可能な高成長につながることを示した。アメリカ企業が自己資本比率を高めることに躍起になっていたのに対して、借入金を増やして事業を拡大する日本企業が高成長を遂げていた原因を説明するものであった。

BCGは有名な経営戦略ツールであるPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)も生み出した。市場成長率と相対シェアを軸に事業を4種類に分ける2×2のマトリクスで、定量的な分析が可能な点が革新的であった。市場成長率が低く、相対シェアが高い事業は金のなる木(Cash Cow)として投資資金の創出源とされた。市場成長率が高い事業は相対シェアが高いスター(Star)、相対シェアが低い問題児(Problem Child)に分かれ、金のなる木で生み出された資金をスター事業に最大投資、次のスター事業を育てるべく選別した問題児にも重点的な投資を行うことが基本方針とされた。

PPMはコトラーが提唱したプロダクト・ライフサイクル戦略と競争的マーケティング戦略を組み合わせたマトリクスであり、単純明快な事業診断ツールとして現在も企業戦略の構築に用いられている。GEのジャック・ウェルチがシェア2位以下の事業からは撤退するという大胆な戦略で成功したのもPPMが基盤となっている。1973年の第一次オイルショックは外部環境を激変させる重大事件であったが、大企業は多角化した事業の整理を行う上でPPMを大いに活用し、BCG躍進の契機となった。ちなみに市場成長率が低く、相対シェアも低い事業は負け犬(Dog)として撤退が基本方針とされているが、プロダクト・ライフサイクルの観点では成熟期ではなく導入期の可能性があり、一概に撤退すべき事業であるとは言えない。

★フレッド・グラック(1935~)
フレッド・グラックは弾道弾迎撃ミサイル開発のプログラムリーダーを務めた後にマッキンゼーに入社した異色の経営コンサルタントである。BCGの追い上げによって苦境に立たされていた1970年代のマッキンゼーを戦略系コンサルティングファームに変革した。マネージング・ディレクターであるロン・ダニエルの下で戦略サービス強化を推進し、パートナーを集めたセミナー合宿の開催を続けて1979年には売上の半分を戦略分野が担うまでに成長させた。

★マイケル・ポーター(1947~)
マイケル・ポーターは史上最年少35歳でHBSの教授となり、現在もポジショニング派の旗手として経営戦略の世界をリードしている。著書「競争の戦略」において、儲けられる市場を選び、競合に対して儲かる位置取りをするポジショニングこそ経営戦略において重要であると主張したポーターは、ポジショニングのための様々な経営戦略ツールを生み出した。業界構造を明らかにするための5フォース・フレームワークは企業に圧力をかける5つの力(既存競合、買い手、供給者、新規参入者、代替品)を分析するツールであり、業界構造の理解によって儲けられる市場かどうか判断できると論じた。

そして儲かる位置取りとしてコストリーダーシップ戦略、差別化戦略、集中戦略の戦略3類型を掲げた。自社が有利となるニッチ市場のみに集中する集中戦略は、コトラーが提唱する戦略的マーケティング・プロセスのSTPと整合する。対象とする市場を広く考える場合には競争優位の源泉をコストに求めるコストリーダーシップ戦略、顧客に対する付加価値の高さに求める差別化戦略に二分できると論じた。コストリーダーシップ戦略はBCGの経験曲線と整合するものであり、シンプルでありながら現実を見事に反映した経営戦略ツールであった。

また、ポーターは企業活動を価値創造の連鎖と捉えるバリューチェーンの概念を生み出した。ポジショニングを維持するためのケイパビリティ(企業能力)の重要性についても論じたが、ケイパビリティはあくまでもポジショニング実現のための手段として捉えるのがポーターであり、ポジショニング派とケイパビリティ派の長い論争が始まった。

◆戦争と経営戦略
経営戦略は企業経営を市場における戦争に例えた概念である。ナポレオン戦争の時代を生きたポーランド系ドイツ人のカール・フォン・クラウゼヴィッツは、ナポレオンが戦争に強かった理由として、目標地点の奪取にこだわらず勝てる場面でしか戦わなかったことを挙げている。また、イギリス人のフレデリック・ランチェスターは、銃火器が発達して一人が多数の敵に対して攻撃が可能となった戦闘において、戦力は兵員数の2乗に比例することを明らかにした。近世の1対1による白兵戦と異なり、近代戦闘においては戦力が算術級数的ではなく幾何級数的に増加していくことを示した。ランチェスターの法則と呼ばれる戦闘の数理モデルは経営戦略への応用が可能であり、シェア2位以下の企業はニッチ市場への集中戦略か付加価値を高める差別化戦略によってしか1位の企業に立ち向かえないことを示している。クラウゼヴィッツとランチェスターの知見は経営戦略の世界において、ポジショニング重視の戦略に適用することが可能である。

2016年5月7日土曜日

経営戦略全史まとめPart2 近代マネジメントの創世(1930~1960年代)

★チェスター・バーナード(1886~1961)
第一次世界大戦後の好景気に沸いていたアメリカ合衆国は1929年にバブル崩壊を迎える。世界恐慌という外部環境の変化に対して、経営者の役割を論じたのがニュージャージー・ベル電話会社の社長チェスター・バーナードであった。バーナードは著書「経営者の役割」において、組織を共通目的、貢献意欲、コミュニケーションの三要素から成るシステムとして定義し、共通目的となる経営戦略を生み出すことが経営者の役割であると論じた。実際に世界恐慌によってフォードが不振に陥る中、多ブランド戦略を打ち出したアルフレッド・スローンはGMを世界一の自動車メーカーに成長させた。

★ピーター・ドラッカー(1909~2005)
オーストリア出身の経営学者であるピーター・ドラッカーはマネジメントの伝道師として知られる。GMの企業研究を通じてドラッカーは大企業における分権経営とマネジメントの重要性を発見する。経営資源であるヒト・モノ・カネをいかに管理するかというマネジメントの概念はドラッカーの発明ではないが、ドラッカーはマネジメントの有用性を社会に普及させる伝道師として活躍した。

★イゴール・アンゾフ(1918~2002)
ロシア出身の経営学者イゴール・アンゾフは軍事用語の「戦略」というワードを用いて、市場における競争という経営戦略の概念を生み出した。経営戦略に一定の分析方法や構築手法を示したアンゾフは経営戦略の父と言える。アンゾフが生み出した最も有名な経営戦略ツールはアンゾフ・マトリクスとして知られる。製品と市場を軸に企業としての成長の方向性を4種類に分ける2×2のマトリクスで、既存の市場を相手に既存の製品で戦う市場浸透戦略、既存の製品を新しい市場に売り込む市場開拓戦略、既存の市場に新しい製品を開発して売り込む製品開発戦略、新しい製品を開発して新しい市場に投入する多角化戦略を提案した。

アンゾフは著書「企業戦略論」において、企業の意思決定をStrategy(製品と市場)、Structure(組織編成と資源分配)、System(予算編成と直接管理)の3種類に分ける3Sモデルを提唱した。そして自社の理想とする姿を描いて現在との差を埋めるギャップ分析を通じ、最も重要な戦略的意思決定を行うことこそ経営者の責務であると論じた。経営戦略は各事業の方針を決める事業戦略、そして全体を管理する企業戦略に分けられ、成長の方向性を定めて事業のポートフォリオを管理するツールとしてアンゾフ・マトリクスが生み出された。

アンゾフは既存の企業活動の中でコアとなる強みこそ競争力の源泉であると考えた。そのため経営戦略には製品・市場分野と自社能力の明確化、競争環境の特性理解、シナジーの追求、成長ベクトルの決定という4要素が欠かせないことを主張した。競争に勝つにはコアとなる強みが必要であるという考えは後のケイパビリティ戦略に、競争環境の分析は後のポジショニング戦略につながっていく。

★アルフレッド・チャンドラー(1918~2007)
経営史家として知られるアルフレッド・チャンドラーはデュポン、GM、スタンダード石油ニュージャージー、シアーズ・ローバックというアメリカ合衆国を代表する大企業4社の戦略・組織研究を通じて、著書「組織は戦略に従う」とその有名なフレーズを生み出した。4社の特徴は集権的な職能別組織から製品別・地域別の事業部から成る事業部制へと転換していたことであった。事業の多角化に成功してトップ企業に登りつめた4社の事例から、事業部制によって多角化戦略を進めるというコンセプトが流行する。チャンドラーは事業戦略と組織戦略が相互作用を及ぼすことを論じていたが、組織戦略は実行が難しいために事業戦略が先導することとなり、「組織は戦略に従う」というフレーズが広まることとなった。

★マーヴィン・バウアー(1903~2003)
マーヴィン・バウアーはジェームズ・マッキンゼーが創業したマッキンゼー・アンド・カンパニーを引き継ぎ、アメリカ合衆国を代表する経営コンサルティングファームに育て上げた。バウアーは1950年代から1960年代にかけて流行していた事業部制の導入支援を主力商品とし、定量的に企業を診断するツール「ジェネラル・サーベイ・アウトライン」を用いて、コンサルティングファームを社会に浸透させた。

★ケネス・アンドルーズ(1916~2005)
HBS(ハーバード大学ビジネススクール)のケネス・アンドルーズは戦略プランニングの手法を論じる中で、有名な経営戦略ツールのSWOTマトリクスを生み出した。内部要因でポジティブな要素をStrengths、ネガティブな要素をWeaknesses、外部要因でポジティブな要素をOpportunities、ネガティブな要素をThreatsと整理する2×2のマトリクスである。ちなみにSWOTマトリクス自体はアイデア整理のためのツールであり、SWOT分析と称されるような機械的に戦略を決めるツールではない。アンドルーズ自身、経営戦略とはある種のアートであると考えていたようである。

★フィリップ・コトラー(1931~)
フィリップ・コトラーはマーケティングの第一人者として知られる。コトラーは著書「マーケティング・マネジメント」において、R(調査)、STP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)、MM(マーケティング・ミックス)、I(実施)、C(管理)という5つのステップから成る戦略的マーケティングを論じた。特にSTPは市場を細分化し、標的とする市場を定め、競合に対してどのような差をつけるか決めるマーケティングの中核である。STPを具体化する段階がMMであり、製品、価格、チャネル、プロモーションというマーケティング手段の4Pをバランス良く組み合わせることが重要であると論じた。

コトラーは他にもプロダクト・ライフサイクル戦略、競争的マーケティング戦略などを提唱している。プロダクト・ライフサイクルは製品が導入期、成長期、成熟期、衰退期という4つのステージを経て市場に広がっていくという理論である。ステージに合わせて変化する市場規模、収益性、ターゲット顧客に応じて戦略を決めていく。一方、競争的マーケティングは市場におけるポジションによって戦略を決める考えである。

2016年5月5日木曜日

経営戦略全史まとめPart1 近代マネジメントの3つの源流(1910~1930年代)

経営理論の入門書として三谷宏治の経営戦略全史を読了。巷に溢れる様々な経営理論、それらが生み出された背景を理解するためには最適な良書であったと思う。400ページに及ぶ内容を章別に整理していきたい。

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★フレデリック・テイラー(1856~1915)&ヘンリー・フォード(1863~1947)
フレデリック・テイラーは第二次産業革命期のアメリカ合衆国に生まれたエンジニアである。彼の功績は工場に科学的管理法を導入して生産性の向上を図ったことである。テイラーは熟練工の作業を研究し、当時急増していた未熟練工でも高い生産性を発揮できるマニュアルをつくりあげた。また、作業内容を標準化したことにより、一日の公正な作業量を定めるタスク管理と作業量に応じて賃金を変動させる段階的賃金制度の導入が可能となった。それまで労働者によって作業量が異なっていても、彼らの仕事を適正に評価することは難しかったが、テイラーの科学的管理法はこの問題を解決し、労働者のモチベーションを向上させた。執行機能を担うライン部門に加えて、計画機能を担うスタッフ部門が必要となったことで、現代では一般的な形態である職能別組織も生み出した。

テイラーの科学的管理法を最も体現した人物が自動車の大量生産に成功したヘンリー・フォードである。フォードは平均世帯年収の4倍もしていた自動車の価格をT型フォードによって8分の1にまで下げることに成功したが、その背景にあったのはマニュアル化、分業、流れ作業から成る大量生産システムであった。また、フォードは大量の労働者を高い賃金で雇って豊かな大衆を生み出し、大量生産、大量消費の時代の礎を築いた。しかし、フォードの大量生産システムはチャールズ・チャップリンの映画モダン・タイムスで風刺されたように、単純作業の精神的苦痛を伴うものであった。フォードのように生産性向上の成果を労働者と分かち合うような経営者も少なく、科学的管理法は次第に資本家と労働者の格差を拡大させる方向に働く。職能別組織も少数のホワイトカラーと多数のブルーカラーに組織を分断するものであり、労使対立を煽る結果につながった。

★エルトン・メイヨー(1880~1949)
オーストラリア出身の心理学者エルトン・メイヨーはアメリカ合衆国におけるホーソン実験を通じて、労働環境よりも職場の人間関係が労働意欲に影響を与えることを明らかにした。テイラーは経済的動機に基づいて行動する労働者を想定していたが、実際の労働者の行動は感情に大きく左右されていた。テイラーが活躍していた時代こそ人々は貧しく、生活水準の向上を至上の目的として労働者は働いていた。しかし、大衆が豊かになったメイヨーの時代において労働者は必ずしも経済的対価のみを追い求めていたわけではなかった。生産性向上のためには人の感情や人間関係といった定性的な情報も重要であり、テイラーの定量的な科学的管理法に対して、メイヨーは人間関係論を提起した。

★アンリ・フェイヨル(1841~1925)
フランスの鉱山経営者アンリ・フェイヨルは実務で培った経験から、従来の技術活動(開発・生産)、商業活動(販売・購買)、財務活動(財務)、保全活動(人事・総務)、会計活動(経理)に加えて、経営活動(経営企画・管理)が企業にとって必要不可欠な活動であると整理した。また、経営活動を計画(予測と活動計画)、組織化(経営資源供給)、指令(人的管理)、調整(バランス)、統制(フィードバック)の5要素をサイクルとして回すことであると提起し、現在もPDCAサイクルとして知られている。テイラーとメイヨーが現場の生産性向上に着目したのに対して、企業活動の統制に着目したフェイヨルは経営という概念を広く捉えた人物であった。

2016年4月3日日曜日

もし19世紀に1000万のドイツ人が東欧に移住していたら

19世紀は移民の世紀であった。18世紀以降、近代化を遂げて豊かになったヨーロッパ諸国はかつてない人口増加に見舞われ、多くの移民を海外に送り出すこととなった。最大の受け皿となったのはアメリカ合衆国であり、新大陸への移民の半数がアメリカ合衆国を目指した。アメリカ合衆国は移民によって急速に国力を増し、19世紀後半には大英帝国を抜いて世界最大の経済力を有するようになる。19世紀のアメリカ経済の担い手となったのはドイツ系の移民であった。イギリス系の移民が大西洋沿岸に移住したのに対して、ドイツ系の移民はアパラチア山脈を越えた中西部に移住することが多かった。アメリカ発展の原動力となったミシシッピ川流域の農業地帯と五大湖沿岸の工業地帯はドイツ系移民によって築き上げられたと言っても過言ではない。二度の世界大戦においてドイツはアメリカ合衆国の圧倒的な物量に敗れることになるが、アメリカ合衆国の巨大な生産力を支えていたのはドイツ系アメリカ人であった。もし19世紀のドイツ人がアメリカ合衆国への移住を選択していなければ歴史は大きく変わっただろう。

鍵となるのはオーストリア・ハプスブルク家である。ハプスブルク家は17世紀の三十年戦争に敗れてドイツの覇権を失うが、オーストリア、ボヘミア、ハンガリーを領有する中欧の大国として20世紀初頭まで君臨し続けた。三十年戦争の敗北がなければ、ハプスブルク家は神聖ローマ帝国に属していたネーデルラントやスイスも含む形でドイツ統一を早期に成し遂げて、18世紀の間にポーランドやバルカン半島への進出に成功していただろう。オーストリア・ハプスブルク家の2代目当主であるマクシミリアン2世はプロテスタント寄りの神聖ローマ皇帝であった。彼がプロテスタントへの改宗を決断していれば三十年戦争の様相も変わっていただろう。スペイン・ハプスブルク家のフェリペ2世と神聖ローマ皇帝の位を争う展開になっていたかもしれない。

史実のドイツ帝国は19世紀後半にようやく東欧への進出を開始するが、ロシア帝国との対立、大英帝国の介入、東欧諸民族のナショナリズムによって東欧の支配には時間を要することとなった。政治的支配はナチスドイツの登場を待たなければならないが、ドイツ帝国の時代から東欧はドイツの経済的植民地となっていた。ドイツを統一したハプスブルク家が18世紀までに東欧の支配を確立していれば、19世紀のドイツ人はイングランド人が支配するアメリカ合衆国ではなく、関係の深い東欧に移住していたのではないか。仮に新世界へ旅立ったドイツ人が東欧に移住していたとすれば、19世紀の間に東欧に入植するドイツ人の数は1000万人に及ぶ。ドイツ帝国の人口は20世紀初頭には6000万人に達しており、1000万人は荒唐無稽な数字ではない。

ハンガリー平原はフランス平原に次ぐヨーロッパの穀倉地帯であり、ボヘミアとポーランドにはヨーロッパ有数の炭田が存在する。アメリカ合衆国の中西部と同等の条件が揃っており、優秀なドイツ人の入植によって東欧が史実よりも発展していた可能性は大いに有り得る。ソビエト連邦に支配されることなく、ドイツ帝国の一部として経済成長を遂げていれば、ドイツ化の著しい中欧に関してはイタリア程度の経済レベル、バルカン半島もスペインやポルトガル程度の経済レベルに達していたのではないかと思われる。中欧の人口は現在ポーランド3800万人、チェコ1000万人、スロヴァキア500万人、ハンガリー1000万人であり、6000万人のイタリアに匹敵する経済地域が生まれることになる。バルカン半島も6000万人を超える人口を有しており、イベリア半島を上回る経済地域となる。神聖ローマ帝国の旧領と東欧全域を支配するドイツ帝国のGDPは10兆ドル目前であり、アメリカ合衆国のGDPの約半分に達する。

18世紀からプロイセンが領有するシレジアの住民は民族的にはポーランド人であるにも関わらず、第一次世界大戦後の住民投票においてドイツ領に留まるべきという意見が半数を超えていた。これは長年のプロイセン支配によって、文化的にドイツ人と同質化したことによるものだと思われる。また、ドイツ経済に組み込まれてしまったため、独立よりもドイツ残留の方が経済的なメリットがあった。これはオーストリアに支配されていたボヘミアとハンガリーにも言えることであり、ドイツ人に支配されていた中欧諸国は市場経済に移行すると旧共産圏の中では一早く先進国の仲間入りを果たしている。ハプスブルク家による東欧支配とドイツ移民によって、東欧全域がドイツ化する歴史も有り得たのではないか。

2016年3月21日月曜日

冴えない彼女の育てかたGirls Side2 感想

冴えない彼女の育てかた Girls Side2 (ファンタジア文庫)
丸戸 史明
KADOKAWA/富士見書房 (2016-03-19)
売り上げランキング: 4,233
9巻ラストで加藤が英梨々との仲直りを決意してから早くも4か月。Girls Sideの第二弾がついに出版。前回の英梨々×詩羽なGirls Sideも良かったけど、今回の加藤×英梨々なGirls Side2も素晴らしい出来。Fan Diskはともかく、Girls Sideは完全に本編と不可分なので冴えカノ読者は一読必至。さらにアニメの続編についても、2017年4月からの二期放送開始が決定。あと一年も待たないといけないのかと絶望を感じつつも、本命の春アニメに抜擢されたことで一層期待が高まる。

本巻は加藤と英梨々の仲直りがメインだが、前回のGirls Sideとは異なり他のキャラクターも多く登場。特に最初と最後に登場した美智留が目立っていた印象。もしやGirls Sideで美智留の話を進めることにより、本編の美智留シーンを減らす作戦か。そんな政治的判断を感じてしまう程、美智留がページ数こそ少ないものの目立っていた。

まずは美智留と詩羽先輩の邂逅。時系列的には8巻と9巻の間。楽器店を巡りにお茶の水にやって来た美智留は古書店を巡りに神保町に来ていた詩羽先輩と偶然出くわす。詩羽先輩をカレーショップに誘った美智留はいつものマイペースで詩羽先輩を苛立たせるだけかと思いきや、真剣モードで英梨々と詩羽先輩のサークル離脱について攻撃を開始。詩羽先輩が言い争いで劣勢に立たされている姿は初めて見たかもしれない。美智留が加藤や出海のこと、blessing softwareの今後について真面目に考えていたのが意外だった。少し修羅場モードに突入したものの、美智留も詩羽先輩もblessing softwareを大事に思っているという点は共通しており、最後は美智留が詩羽先輩の携帯アドレスをゲット。詩羽先輩にも女友達ができた…という良い話でまとまった。女友達というと英梨々が一番に該当するはずなのであるが、英梨々との関係は娘と保護者みたいな感じになっているので、対等な関係という意味では美智留が初めてかもしれない。対等な関係というか悪友というか。この邂逅が9巻における詩羽先輩から倫也へのアドバイスに繋がったようである。

続いてaround 30's side。詩羽先輩の編集担当である町田苑子と紅坂朱音の邂逅。二人は早応大学の漫研同期にして、今は霞詩子を奪い合う関係。ただし、紅坂朱音の本当の目当ては柏木エリで、町田さんは霞詩子を過小評価する紅坂朱音に腹が立っている模様。しかし、紅坂朱音がクリエイターとして本気で柏木エリに惚れ込んでいることが分かり、少し印象が良くなった。いや、今まで紅坂朱音ってラスボスのような立ち位置だったので。是非とも英梨々をクリエイターの高みに連れて行って欲しい。

8巻と9巻の間に入るもう一つの物語が椿姫女子高校アニソン同好会の放課後。追試の美智留が不在の中、トキ、エチカ、ランコの三人による女子トークが繰り広げられる。女子トークの対象は美智留と倫也の関係、倫也と加藤の関係、さらにicy tailの二代目プロデューサーに就任した伊織と倫也の関係について。伊織×倫也はここでも健在だった…。ただし、豊ヶ崎への編入を画策していた美智留に対して三人は微妙にわだかまりがある様子。さらに伊織が就任早々に持ち込んだ秋葉原での単独ライブに対しても、美智留と三人では温度差がある様子。しかし、結局は美智留に付いていくことに決めた三人。blessing softwareに続いてicy tailも崩壊…なんてことにならなくて良かった。相手が加藤だったら絶対バンド解散してた。

次は9巻より後の物語。ところで表紙の女の子って一体誰ですか。相楽真由と波島出海、二人のイラストレーターがサンクリで邂逅する。伊織の計略によりファンシーウェーブとしてサンクリに参加することになった出海ちゃんは、些細なきっかけで隣の壁サークルcutie fakeのお手伝いさんと話し始める。出海ちゃんが出品した「冴えない彼女の育てかた(仮)」のラフスケッチを絶賛する彼女は最初こそ素人のように思われたが、出海ちゃんがスランプに陥っていたことを告げると、出海ちゃんのイラストは物語と相乗効果を生む凄い絵に仕上がっていることを教えてくれる。彼女こそ詩羽先輩の二作目「純情ヘクトパスカル」のイラストレーター嵯峨野文雄の正体、相楽真由であった。

そしてGirls Side2のメインとなる加藤と英梨々の仲直りを描く物語。一泊二日の修復。9巻エピローグにおいて加藤は英梨々との仲直りを決意するが、そんな簡単に仲直りができるはずもなく…。6月一週目の土曜日、東京駅の新幹線改札口から物語は始まる。9巻エピローグの後、悩んだ末に加藤が英梨々に送ったのは「合宿のお知らせ」という一通の謎メールだった。合宿の舞台はアニメ0話に登場した長野県の高原(白樺湖が登場するため恐らく蓼科高原と思われる)。原作にはなかったオリジナルエピソードをここで活かしてくるとは…。

この期に及んでも気まずい雰囲気が漂う二人。新幹線に乗って加藤はようやく今までのことについて話を始めるが…。

「だから、英梨々が突然サークルを辞めたって、霞ヶ丘先輩を巻き込んだって、倫也くんを裏切ったって知ったら、なんか許せなくて、今でもやっぱり整理できてなくて……」

やはり加藤は英梨々を許していなかった。そして旅先では天候にも恵まれず、雨雲に覆われた高原は二人の気持ちを表しているかのようで。旅の失敗に落胆する加藤に気を遣い、フィールズ・クロニクルの奇襲シーンとして雨の高原をスケッチする英梨々。しかし、クリエイターモードの英梨々を見た加藤は余計に疎外感を覚えてしまう。結局、雨の中をずぶ濡れで四時間もスケッチに費やした二人。夕食の席になっても会話の弾まない状況に耐えかねた英梨々がついに話を切り出す。

「あたしが何をしたら、恵は、仲直りしてくれるのかなぁ?」

「何もする必要なんかないよ。だって、英梨々は何も間違って……」

「そんなのどうでもいいよ!間違ってようがなんだろうが、恵が嫌なところを直すって言ってんの!」

「……無理なんだよ、それは」

「なんで!?そんなのやってみなくちゃ……」

「だってわたし……本当は、英梨々に、サークルに戻ってきて欲しいんだもん。また一緒にゲーム、作りたいんだもん」

加藤は本当に英梨々が好きなんだと分かったシーン。そして加藤と英梨々は温泉へ。英梨々はblessing softwareにいると倫也に甘えてしまうこと、追い込まれないと自分はクリエイターとして成長できないことを告げる。ただし、英梨々は倫也、加藤、詩羽たちに自分を世界一のイラストレーターだと認めさせることができた暁には、もう一度blessing softwareに戻ることを宣言。世界一凄くて、世界一幸せなイラストレーターになることを誓った英梨々はクリエイターモードの英梨々に違いなかったけれど、それは加藤にとって全然嫌な英梨々ではなかった。

入浴を終えて布団に入った二人はしとしと降る雨音の中、いよいよ静かに和解に向けた一歩を踏み出す。と思いきや、ここで加藤が倫也の書いた英梨々シナリオを暴露。最初こそ激怒する英梨々であったが、倫也の書いた自らのシナリオを読み終えて感動。そして英梨々との仲直りシナリオを紡ぐことを宣言した加藤はそのまま英梨々と夜通し語り明かすことに。翌朝、そこにはハイテンションな様子の英梨々とそれに付き合う加藤の姿が。ついに二人は仲直りを遂げたのであった。

エピローグはicy tailの単独ライブ。blessing softwareのメンバーに加え、詩羽先輩と英梨々もこっそり来場。詩羽先輩が美智留と仲良くなっていて微笑ましい。加藤と英梨々のダブルヒロイン体制に入ってから影が薄くなった感じもするが、やはり詩羽先輩も良い。そしてicy tailのライブは成功。普段はマイペースな美智留がblessing softwareの仲間に、そしてblessing softwareで活動を共にしたかつての仲間たちに曲を捧げるシーンが良かった。Girls Side2の表ヒロインが加藤と英梨々なら、裏ヒロインは美智留で決定。

ラスト2ページ。仲直りを遂げた夜、布団に包まりながら語り合う加藤と英梨々。

「気持ちってのは、変わり続けるものだよ、英梨々」

「それって……」

「ずっと、何とも思ってなかった相手だったのに、ある日を境に、その、そうじゃなくなる、こともある」

「え……」

「もちろん、そうじゃなくなったはずなのに、またある日を境に元通りになることだってある」

「どっちなのよ!?」

「さぁ、どっちなんだろうね?ま、でも、一つだけ言えることは……」

「言えることは?」

「少なくとも、一度は変わったこと、あるよ?」

ついに、これまで明言されていなかった加藤の気持ちが明らかに。7巻の時点では倫也に恋愛感情は抱いていなかったはずだけど、どの日を境に気持ちに変化が生じたのか。「一度は変わったことある」という発言から、倫也に対する感情はまだ定まっていないと思われる。それにも関わらず溢れ出る加藤の正妻感。加藤の倫也に対する感情が定まったとき、これが物語の転機になりそう。そして次なる修羅場へ…。

2016年3月20日日曜日

仙台近郊旅行記録

3月12日と13日に麻布時代の同級生と仙台近郊を旅行。仙台、秋保、松島というゴールデンルートを周ってきました。このルート周るの何度目?という気もするが、仙台周辺の観光スポットが限られているので仕方ないのである。関西電力に入社して、京都とか神戸を友達に案内できる人生を送りたかった…。まぁ、そもそも関西に行くなら関西電力よりJR西日本に入社したいところではあるが。

参加者の一人目は今回の旅行の発案者にして某医科歯科大を今年卒業し、これから医者になる予定の医学エリート。麻布時代はどういう経緯か忘れてしまったが強引に地歴部に誘い込み、高2まで部活を共にした仲。見た目は普通だが話すと頭が混乱してくるような変わり者。参加者の二人目は東大薬学部を今年卒業し、これから某製薬メーカーに上級MRとして入社予定の薬学エリート。中1のときに同じクラスだった縁が今でも続いている。いつ見ても育ちの良さを感じるのは相変わらず。参加者の三人目は大学院を今年卒業…せず、早稲田の副主席としてドクターを目指す数学エリート。おてんば娘。某数学喫茶釣られたクマーのオーナーという裏の顔も持つ。六浪の末に山形大医学部の合格を勝ち取ったドジョウの人や、みずほ銀行仙台支店に勤務するメガネの人も呼びたかったが今回は断念。

一日目は仙台と秋保を観光。仙台駅でずんだシェイクを買って出発。個人的に仙台で一番好きな観光スポットである青葉城を訪問。青葉城は姫路城や松本城と異なって天守閣が残っていない、というか最初から天守閣が建造されていない城である。観光スポットとしては致命的な欠陥を抱えているが、有名な伊達政宗の騎馬像と仙台を一望できる眺めの良さが欠陥を補っている。北は泉区から南は太白区まで仙台全体を見渡すことができ、東には太平洋も望むことができる。仙台の市街地を一望できる景観、残存する巨大な石垣、山城の雰囲気と広瀬川、城好きとしては妄想の膨らむ、なかなか見ごたえのある城である。



東北地方で唯一の都市らしい都市を見た後は伊達の牛タンへ。牛タンより焼肉の方が普通に美味しいと思うが、せっかくの仙台旅行なので仙台名物を昼食に選ぶという配慮。他に仙台の観光スポットというと国宝の大崎八幡宮や伊達家の御霊屋である瑞鳳殿が有名であるが、特に面白い場所でもないので午後は秋保へ直行。秋保大滝も四回目になると愛着さえ感じる。



この日に泊まったのは秋保温泉の岩沼屋。佐勘、水戸屋と並ぶ秋保温泉の老舗である。春休みのせいか宿泊費が異様に高かった。岩沼屋も悪くないけど、本当は作並温泉の一の坊に泊まりたかった…。ただ、岩沼屋の夜の露天風呂は湯気で何も見えなくてなかなか面白かった。下の写真はエリートの遊び。


二日目は松島へ。例のごとく双観山を訪れる。やはり松島は近くで見るより遠くから見る方が綺麗だと思う。冬の松島は寒かった。岩沼屋の乾燥した和室と寒空の松島(さらに花粉症?)で致命傷を負い、すっかりダウンしてしまった。松島の後は昨年オープンしたうみの杜水族館へ行ってきた。牡蠣の養殖について展示スペースがあったり、親潮の海を再現していたり、なかなか地域密着型の水族館であった。ちゃんとペンギンとかイルカもいるし、何より古くないのが良いね。


2016年3月15日火曜日

ごちうさとけいおんの類似性

ご注文はうさぎですか? (4) (まんがタイムKRコミックス)
Koi
芳文社 (2015-09-26)
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ゆるゆり、きんモザ、のんのん、ごちうさの4作品が近年の日常系作品では四天王という印象であったが、2期を終えて状況に変化が出てきた。1期に比べて売上が停滞する作品が多い中、ごちうさは売上を伸ばし、日常系作品としては稀な1万枚を超える売上を誇っている。まんがタイムきららMAXの看板作品として、原作の人気も勢いは衰えていない。何故ごちうさ人気は根強いのか。キャラクター、イラスト、ストーリー、全てが萌えに特化した「あざとい」作品であるという他に、けいおんとの類似性が要因として挙げられると思う。

ごちうさのメインキャラクターであるココアとチノの関係は、けいおんにおける唯と梓の関係によく似ている。ツンデレな妹と妹を溺愛する姉(自称)という関係である。チノも初めは馴れ馴れしいココアに戸惑っていたが、交流を深める中で次第に信頼を寄せるようになり、今ではチノがココアに依存するまでになっている。ココアと唯は天然、チノと梓はしっかり者という点も共通している。けいおんではメインキャラクター5人の内、梓のみ学年が一つ下である。サブキャラクターである憂、純とは同学年で行動を共にすることが多い。ごちうさもメインキャラクター5人で唯一チノのみが中学生であり、サブキャラクターであるマヤ、メグと中学生組を結成している。

リゼ、千夜、シャロは澪、律、紬とそのまま互換できるわけではないが、共通する要素を持ったキャラクターである。リゼは澪のクールな要素と紬のお嬢様要素を継承している。千夜とシャロの幼馴染という設定、二人の関係は律と澪の関係によく似ている。シャロは澪の怖がりという要素を受け継いでおり、千夜は天然なところが紬と似ている。千夜の声優は律と同じ佐藤聡美である。

また、作品のキーアイテムもごちうさはコーヒー、けいおんは紅茶と対比になっている。ごちうさは喫茶店ラビットハウス、けいおんは放課後ティータイムの部室を舞台として物語が繰り広げられる作品である。けいおんメンバーはロックの聖地であるイギリスのロンドンに卒業旅行をしたが、ごちうさはフランスのアルザス地方にある木組みの街が舞台になっている。コーヒーと紅茶、フランスとイギリス、ここまで対比が効いていると、ごちうさはけいおんのオマージュなのではないかと疑いたくなる。このような類似性がけいおん世代をごちうさに引き寄せているのではないかと考える。

2016年3月7日月曜日

文系でも取れる電気の資格Part2 第二種電気工事士

2015年版 第二種電気工事士技能試験 公表問題の合格解答

オーム社
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電気工事士は電気工事を行うために必要な国家資格である。例えば、分電盤の改修工事やコンセントの取り付け工事を行うために、電気工事士の資格が必要となる。電気工事士には第二種と第一種があり、第二種電気工事士は低圧のみ、第一種電気工事士は低圧と高圧の両方について電気工事を行うことができる。電気工事会社の社員に必須の資格であるが、電力会社やハウスメーカーの社員など電気工事と関わりのある仕事に就く人であれば勉強して損はない資格である。

電気工事士の試験は筆記と技能から成る。筆記試験の科目は電気に関する基礎理論、配電理論及び配線設計、電気機器・配線器具並びに電気工事用の材料及び工具、電気工事の施工方法、一般用電気工作物の検査方法、配線図、一般用電気工作物の保安に関する法令である。工業高校で勉強するような内容であり、敬遠してしまう文系の人も多いかもしれない。しかし、暗記問題が中心であるため文系でも取り組みやすい内容となっている。試験は択一問題で正答率60%程度で合格できるため、参考書を読むだけで筆記試験は突破できるだろう。個人的に電気は物理の中でも苦手な分野であるため、理解するのに参考書を2周せざるをえなかったが、それでも筆記試験の対策は30時間程度で足りるものだった。

筆記試験をクリアすると待ち受けているのは技能試験である。これは配線図で与えられた問題の作品を、工具や電線を用いて実際に作成してみるというものである。工具を触ったこともない文系の人にはハードルが高いように感じられるかもしれないが、実は技能試験の問題は事前に公表された13問の内から1問が出題されるという仕組みになっている。つまり十分に練習しておけば確実に合格ができるというわけである。電気工事士の技能試験用に工具と材料をセットで販売している会社があり、13問のつくりかた全てが記載された参考書も出版されているため、独学で対策することも可能である。

下の写真のような作品を合計13個も作成した。簡単そうに見えて、電線の被覆を剥離するのに時間がかかったり、電線の長さを細かく測ってカットしないと上手く作成できなかったりと意外に時間がかかる。つくりかたを覚えながら作品を一つ作るのに2時間はかかると考えた方が良いだろう。本番の試験では配線図しか配られないため、配線図を実物に置き換えるスキルも必要になる。そのため技能試験の対策にも30時間程度かかったように思う。筆記と技能合わせて60時間程要する試験であるが、文系でも勉強すれば確実に取得できる資格となっている。

2016年3月6日日曜日

文系でも取れる電気の資格Part1 家電製品アドバイザー


家電製品アドバイザーは家電製品について専門的なアドバイスができることを証明する民間資格である。資格を認定する家電製品協会は大手電機メーカーが賛助する一般財団法人であり、家電製品に関する資格としては最も著名なものである。ヤマダ電機やビックカメラといった家電量販店の社員、電機メーカーの営業部門に所属する社員が取得者の大半を占めるが、電力会社の営業部門に所属する社員で取得している者も多い。家電製品の営業に携わる人はもちろん、家電製品と関わりのある仕事に就く人であれば勉強して損はない資格である。技術系よりも事務系向きである点が電気の資格としては珍しい。

家電製品アドバイザーは生活家電とAV情報家電に分かれており、今回は生活家電の分野で試験を受けてきた。試験内容は家電製品の商品知識と取り扱い、CSと関連法規の二科目である。生活家電の試験範囲はエアコン・床暖房、空気清浄機、除湿器、加湿器、扇風機、換気扇、浴室暖房換気扇、冷蔵庫、電子ジャー炊飯器、電子レンジ、IHクッキングヒーター、キッチン・調理家電、洗濯機・洗濯乾燥機、掃除機、ふとん乾燥機、アイロン、照明器具、エコキュート、温水洗浄便座、火災警報器、太陽光発電システム、スマートハウス、電源、電池、暖房器具、健康・美容家電の26種目から成る。それなりの知識量を試されるが、家電製品の上手な使い方や省エネのポイントなど実生活に役立つ内容を学べる点が嬉しい。

勉強方法は家電製品協会公式の参考書を読み、問題集を解くだけ。参考書は二科目合わせて400ページ程度だが、1ページ当たりの文字数が多いため読破するのに40時間程かかった。問題集は2回分収録されており、二科目合わせて5時間で終わる内容。問題集の内容は本番の試験でも選択肢として出てくることが多いので、参考書のみで終わらせることなく問題集まで解くことが推奨される。単純に計算すると勉強時間は45時間ということになり、一日1時間勉強すれば一か月半で取得可能な内容となっている。年に二回、3月と9月の第一日曜日に試験が実施される。9月に受験する人は7月下旬から勉強を始めれば間に合うだろう。

製品の動作原理や基本構造など理系的要素も多いが、細かい部分まで深堀りしないため文系でも理解できる内容となっている。関連法規は電気用品安全法や家電リサイクル法といった家電製品アドバイザーならではの法律について問われる一方、特定商取引法、個人情報保護法、独占禁止法といった一般的な法律についても問われることが多い。法律に関する知識は理系より文系の方が豊富であるはずなので、やはり文系向きの資格であると言える。

2016年3月5日土曜日

もし毛利家が第二次信長包囲網に参加していたら

織田信長の天下取りは決して順調ではなかった。1568年の上洛を機に濃尾地方から畿内に勢力を拡大した信長であったが、度重なる包囲網の形成によって1570年代の前半においては停滞を強いられた。第一次信長包囲網が形成された際は、朝倉家、浅井家、三好三人衆といった近畿の勢力が信長の都落ちを狙っており、伊勢長島でも一向一揆に苦戦を強いられていた。第二次信長包囲網では足利義昭との対立が決定的となり、強敵である武田信玄との対決も迫っていた。信長は常に失脚する恐怖に脅かされていたはずである。

信長にとってターニングポイントとなった年は1573年である。三方ヶ原の戦いにおいて徳川家康を降した武田信玄は信長の本拠である濃尾地方に迫っていたが、突如として病死してしまう。武田家の撤退を契機として、反撃に出た信長は足利義昭を京都から追放する。また、宿敵である朝倉家と浅井家を滅ぼして、三好三人衆も追放することに成功する。1573年は信長政権が確立した年であり、この年を境として信長に単独で対抗できる勢力は存在しなくなった。

信長政権の誕生を防ぐことができたかもしれないキーマンが一人いる。それは小早川隆景である。1571年に毛利元就が亡くなると、小早川隆景は兄の吉川元春と共に毛利家の指導者となった。既に中国地方の覇者として君臨していた毛利家は信長に対抗できる唯一の存在であったが、大内家の旧領である北九州の領有を争って大友家と対立していたため、1570年代後半に至るまで信長とは良好な関係を保っていた。しかし、毛利家が西に目を向けている間に織田家は急成長を果たし、最終的に毛利家は滅亡寸前まで追いつめられることになる。毛利元就も小早川隆景も先見の明を持った人物であり、早い時期から織田信長のことを高く評価していた。そのため信長とは友好的な関係を築いていたが、巨大な勢力である毛利家と織田家の対立が避けられないことは目に見えていた。小早川隆景は豊臣政権の時代となって秀吉から随分と高く評価されたが、天下を取るには勇気が足りないと言われたという逸話が残っている。小早川隆景に勇気があれば歴史はどのように変わっただろうか。

毛利家は1566年に尼子氏を滅ぼして中国地方の覇者となった後、北九州への進出を図るようになる。しかし、大友家と同盟を結び、思い切って上洛を目指すという選択肢もあったはずである。上洛の途上には備中の三村家、備前の浦上家、播磨の赤松家、小寺家、別所家が控えているが、いずれも毛利家とは比較にならない中小規模の大名である。北九州の覇者である大友家と比べれば降すのは容易く、山陽道の攻略に集中すれば1570年代の前半に毛利家が山陽道を制圧することも不可能ではない。畿内への進出が可能となった毛利家は第二次信長包囲網に参加し、信長を京都から追放することもできただろう。

信長を京都から追放した後も、織田家が早々に滅びるということは考えにくい。肥沃な濃尾平野を領有する信長は5万の大軍を動かすことが常時可能であった。兵站の延びきった毛利家が信長を追撃することは難しい。毛利家の課題は畿内に安定した地盤を築き上げることである。そこで上洛後の当面の標的は三好家の残党勢力になると思われる。織田家の以前に畿内を掌握していた三好家の残党は1570年代においても畿内に勢力を誇っていた。そこで毛利水軍を活用して三好家の本拠である阿波と畿内を分断しつつ、徐々に毛利家の勢力を畿内に浸透させていく戦略となる。

地政学的に毛利家が東国に進出することは難しい。そこで毛利家は朝倉家、武田家などと連携を図りつつ、織田家を封じ込めていく。長期的には朝倉家、織田家、徳川家、武田家、上杉家、北条家、佐竹家、伊達家による勢力均衡状態が東国には生まれる。一方、西国では毛利家が着実に勢力を拡大する。小規模な勢力しか存在しない四国の平定は毛利水軍の力があれば難しいことではない。また、九州においては島津家と龍造寺家による圧迫を受ける大友家が衰退の一途を辿り、毛利家への従属を余儀なくされる。島津家と龍造寺家を退けた毛利家は博多を獲得し、西国を支配する巨大勢力として君臨する。毛利家が幕府を開くかは定かではないが、経済力を武器に朝廷を支配する平家のような政権を築いたのではないか。

2016年1月30日土曜日

民族舞踊研究会について

大学には得体の知れないサークルがいくつも存在する。民族舞踊研究会もその一つである。なかなかマイナーなサークルだと思うが、民族舞踊サークルのある大学は意外と多い。首都圏では東京大学、お茶の水女子大学の他に、千葉大学、千葉工業大学、慶應義塾大学、東京女子大学、学習院大学、中央大学などに民族舞踊研究会が存在する。地方でも京都大学、九州大学などに民族舞踊研究会が存在するようである。研究会という名称なので、各地の民族舞踊について成り立ちや歴史などを研究する文化系のサークルのように思われがちだが、活動内容の大半は実際に民族舞踊を踊ることである。

民族舞踊は日本の阿波踊り、スペインのフラメンコなど世界各地に存在するが、大学の民族舞踊サークルでは主に東ヨーロッパの民族舞踊が扱われることが多い。具体的な国名を挙げると、ハンガリー、ブルガリア、ルーマニア、ロシアなどである。後進的な地域の方が民族舞踊などの伝統文化が残っているためか、同じヨーロッパでもフランスやドイツなど西ヨーロッパの民族舞踊を扱う機会は少ない。ヨーロッパの民族舞踊ということで、メルヘンな雰囲気を期待してサークルに興味を持つ新入生が多いかもしれない。可愛らしい民族衣装を着て、木漏れ日の下で和やかに踊る。そんなヨーロッパの絵本の中みたいな世界に憧れている人は少なくないだろう。男だと少し珍しい気もするけど。

ただし、ヨーロッパ人だからこそ民族衣装が映えるのであり、ヨーロッパの美しい街並みや自然を背景にしているからこそ民族舞踊はメルヘンチックなのである。日本人が運動着を着て、ホールや体育館などで汗まみれになりながら踊っている姿はビジュアル的には民族舞踊のイメージの正反対に位置するものかもしれない。それでも当初のイメージとは異なっていたが、活動に参加する内に次第と民族舞踊を好きになっていく人は多い。最初は人前で踊ることに抵抗を感じるかもしれないが、慣れれば踊ることは楽しいものである。また、国によって音楽や踊りに個性があるため、自分の好きな国を一つは見つけられるようになる。ヴァイオリンの旋律と激しい動きが特徴のハンガリーが個人的には好きである。

民族舞踊研究会はマイナーなサークルであるが故に、少ない人数で活動している場合がほとんどである。活動は週2日~3日、1日の活動時間は2時間~3時間といったところだと思う。学園祭などで発表する場もあるため、発表の前は活動時間も長くなる。上級生になれば下級生に踊りを教えるために、サークルに注ぎ込む時間はさらに多くなるだろう。少人数で長い時間を共有するため、メンバーの仲は自然と親密なものになる。入ったことはないが、テニスやサッカーといった大所帯のサークルとは全く異なる雰囲気があるような気がする。一年間も活動すれば非常に居心地の良い空間となるだろう。

あらゆる民族舞踊の起源は農耕社会の祭にある。祭は豊作への感謝と祈りを込めて神々や祖先を祭る行為で、現在は形骸化して何だか退屈な古くさいものとなっているが、ほとんどの人々が農業に従事していた過去の歴史においては、人々が労働から解放されて娯楽に興じることができる年に数度しかない機会であった。農村には農具と家畜の他には何もないかもしれないが、歌と踊りだけは楽しむことができた。そこで踊りは祭の中心となった。踊りは人々の交流を生み出し、時に異性との交流の場ともなった。農業は大勢の人々が協力して仕事をする必要があるため、人々の仲を深める機会である祭と踊りは農耕社会において重要な役割を果たしていた。民族舞踊サークルは当初抱いていた民族舞踊のメルヘンなイメージとは離れたものであったが、踊りを通じて時間を共有する中でメンバーとの確かな絆を生み出すことができたという点で民族舞踊の本質を十分に体験したのかもしれない。

2016年1月9日土曜日

電力自由化における各社の小売戦略

2016年4月から始まる電力の小売全面自由化に伴い、電力市場における自由競争がいよいよ本格化する。新たにガス会社、総合商社、通信会社などが電力市場に参入することになる。また、既存の電力会社も自社エリアを守る一方で、他社エリアに進出することが可能になる。オフィス、商業施設、工場といった高圧以上については既に自由化されており、当初は既存の電力会社と新電力の攻防が中心であったが、最近では東京電力や関西電力も積極的に他社エリアへの進出を始めている。電力消費量は経済規模に比例しており、人口減少が進む日本では経済の縮小に伴って電力消費量も長期的には減少していく。いずれの電力会社も地域独占体制のままでは今後の成長は見込めないため、自由競争に突入するしかない。大正昭和の電力戦から今後の電力業界を予測するにおいて、戦前の日本で起きた電力戦について紹介した。これから始まる電力自由化は100年前に起きた電力戦の再来となるかもしれない。

電力自由化によって最大の激戦地となることが予想されているのが首都圏である。首都圏が日本最大の都市圏であることは言うまでもないが、その人口規模は都市雇用圏において約3500万人と日本の人口の1/4以上を占める。東京電力は福島第一原子力発電所の廃炉と賠償の負担が重く、2012年に電気料金を値上げしており、首都圏の電気料金は全国でも高い水準にある。また、柏崎刈羽原子力発電所の再稼働も遅れており、更なる電気料金の値上げも考えられる状況である。いかにして東京電力から首都圏のシェアを奪うかが各社の戦略において重要となってくるだろう。

首都圏を供給エリアとする東京ガスは東京電力の最大のライバルである。東京ガスはガス事業で築いた販売網があるため、電気事業に参入することが容易である。電気とガスをセットで販売できることも強みだろう。また、東京ガスはLNGの調達能力を活かして既に発電事業に参入しており、扇島パワー80万kW(東京ガス75%)、川崎天然ガス発電80万kW(東京ガス49%)、東京ガス横須賀パワー24万kW(東京ガス75%)、東京ガスベイパワー10万kW(東京ガス100%)と四か所の火力発電所を有している。電力自由化に向けた電力会社・ガス会社の動向で紹介したように、東京ガスは発電能力をさらに増強する計画であり、九州電力・出光興産と千葉県に200万kWの火力発電所、中国電力・JFEスチールと千葉県に100万kWの火力発電所を新設する。さらに神戸製鋼所が栃木県真岡市に建設している120万kWの火力発電所からも電力を調達する予定で、発電能力は500万kWにまで達する見通しである。東京ガスは首都圏の電力市場において1割のシェアを獲得することを目標としている。
 
また、東京ガスは武州ガス(埼玉県川越市)など中堅の都市ガス5社と電力事業で提携することを発表している。東京ガスは関東全域で都市ガスの卸供給を行っており、この協力関係を活かして電力の卸供給にも取り組んでいく。首都圏の周辺には前橋都市圏(約140万人)、宇都宮都市圏(約110万人)、つくば都市圏(約70万人)、水戸都市圏(約70万人)、長野都市圏(約60万人)、甲府都市圏(約60万人)など魅力的な市場が広がっており、東京ガスは各地のガス会社と提携することで首都圏以外の電力市場にも進出することが可能になる。
 
東京ガスは東北電力とも提携し、北関東において電力小売事業を行うシナジアパワーを設立した。東北電力は東京電力と同じ周波数50hzの電力会社であり、東北電力の発電能力と東京ガスの販売網を組み合わせて東京電力から顧客を奪う戦略である。この提携関係は今後さらに深まっていくと思われる。エリア内の厳しい人口減少に晒される東北電力はこのままだと過剰な供給力を抱えることになり、首都圏に販売網を持つ東京ガスとの提携は東北電力にとって必須であると考えられるからだ。電力事業を拡大したい東京ガスにとっても東北電力との提携はメリットがある。10年後の電力業界・ガス業界で述べたように、東北電力と東京ガスは以前に共同で仙台市ガス局を買収しようとしたことがある。東北地方には規模の小さいガス事業者しか存在しないため、両社が協力して東北地方のガス事業を担っていくことも考えられる。将来的には両社の提携に北海道電力と石油資源開発も加わり、サハリンと日本を結ぶ天然ガスのパイプラインが建設されるのではないかと予想する。パイプラインによって天然ガスを調達することができるようになれば、燃料調達において圧倒的な価格競争力を有するようになる。
 
東京ガスの他に首都圏で主要なプレイヤーになると考えられるのは関西電力と中部電力である。関西電力は子会社である関電エネルギーソリューションを新電力に登録して、首都圏での電力事業に乗り出した。また、中部電力は三菱商事から新電力ダイヤモンドパワーを買収して、首都圏での電力事業に参入する。周波数60hz地域に属する関西電力と中部電力は周波数50hz地域において電源を確保することが課題であるが、両社の戦略は大きく異なる。
 
関西電力は東燃ゼネラル石油と千葉県に100万kWの火力発電所、丸紅と秋田県に130万kWの火力発電所、伊藤忠商事と宮城県に11万kWの火力発電所を新設する。自前の火力発電所を持ち、真正面から東京電力と競争していく姿勢である。一方、中部電力は東京電力と燃料調達、火力発電所の新設事業を統合し、新会社JERAを設立した。資金難の東京電力は中部電力から資金を引き出して火力発電所のリプレースを行い、中部電力は東京電力のエリアで発電能力を有するようになる。東京電力との提携には中部電力の他に東京ガスや関西電力も名乗りを挙げていたが、東京電力に次いでLNG調達量の多い中部電力が提携先に選ばれた。提携関係を勝ち取った中部電力は発電部門において東京電力と協力しつつ、小売部門では積極的に首都圏を攻めていくだろう。
 
東京電力は守勢に立たされる一方で、老獪な戦略を練っている。各社の電気料金を左右するのは発電単価であり、ほとんどの原子力発電所が停止している現在は火力発電の競争力が最大の武器となる。東京電力は中部電力との提携によって、火力発電事業において他社が追随できない程のスケールメリットを得ることになる。また、出力800万kWを超える柏崎刈羽原子力発電所が再稼働すれば、東京電力は発電単価において圧倒的な競争力を持つようになるだろう。中部電力は出力360万kWの浜岡原子力発電所しか有しておらず、火力発電事業が完全に東京電力と統合されることになれば、柏崎刈羽原子力発電所が再稼働した後は東京電力に価格競争で敗れる可能性がある。東京電力は一時的にシェアが奪われることは覚悟の上、最後には全て取り返すつもりで中部電力との提携に臨んでいるのではないだろうか。
 
さらに東京電力は防戦一方ではない。子会社のテプコカスタマーサービスを通じて全国で電力の小売事業を行っていく方針である。東京電力の強みは企業の本社が集中する東京に地盤を持つことであり、東京に本社を置く企業にアプローチをかけて、全国に電力事業を展開したい考えである。首都圏に次ぐ大都市圏を有する関西電力のエリアが主な対象であり、既にヤマダ電機とセブンイレブンの電力購入先を自社に切り替えることに成功している。電源構成に占める原子力発電の割合が5割に達していた関西電力は原子力発電所の停止によって厳しい経営状況が続き、電気料金を二度も値上げしたために全国でもトップクラスの高さとなってしまっている。関西電力は大阪都市圏(約1200万人)、京都都市圏(約270万人)、神戸都市圏(240万人)など魅力的な市場を抱えており、首都圏に次いで狙われるエリアとなっている。
 
東京電力のライバルが東京ガスであるように、関西電力にとって最大のライバルとなるのは大阪ガスである。これまでも大阪ガスはエネファームを武器に関西電力のオール電化戦略に対抗してきたが、これからは電気とガスのセット販売で関西電力から顧客を奪う戦略である。大阪ガスは特定規模電気事業者(PPS)としては日本最大級となる110万kWの泉北天然ガス発電所を有し、現状では東京ガスを上回る180万kWの発電能力を有する。さらに電源開発・宇部興産と山口県に120万kWの火力発電所、西部ガスと福岡県に160万kWの火力発電所、丸紅と茨城県に10万kWの火力発電所を新設する予定で、電力事業の拡大に注力する。
 
関西電力は東京電力以上にシェアを失う可能性が高い。中部電力が大阪ガスと提携して、関西電力のエリアに進出することが予想されるためだ。中部電力と大阪ガスは既に燃料調達において提携しており、中部電力の四日市火力発電所と大阪ガスのパイプラインを連結させるなど密接な協力関係にある。中部電力の発電能力と大阪ガスの販売網を組み合わせれば、関西電力からかなりの数の顧客を奪うことができるのではないかと考えられる。東北電力と東京ガスの連合は東京電力の6割程度の規模であるが、中部電力と大阪ガスの連合は関西電力の1.5倍程度の規模になる。関西電力にとって相当な脅威であり、停止している関西電力の原子力発電所は中部電力と大阪ガスの火力発電所に全て置き換えられてしまうかもしれない。
  
関西電力のエリアには中国電力も進出してくることが予想される。中国電力は島根原子力発電所を有しているが、電源構成に占める割合は1割にも満たず、原子力発電所の停止によるダメージが比較的浅い電力会社である。供給力に余裕のある中国電力は西日本全域で電力の小売事業に乗り出す方針で、関西電力だけではなく九州電力と四国電力のエリアにも進出する。特に九州電力が抱える福岡都市圏(約260万人)、北九州都市圏(約130万人)は地理的な近さから中国電力の進出が予想される。