2016年9月24日土曜日

裏磐梯・那須旅行記録

9月の3連休を利用して裏磐梯と那須に行ってきた。仙台から郡山まで東北自動車道で2時間、初日は郡山の布引高原に向かった。布引高原は猪苗代湖の南に位置する高原で、風況の良さから国内最大の風力発電地帯となっている。電源開発が保有する風車33基の総出力は65980kWで、2007年から運転を開始している。福島県というと福島第一原発のイメージが強いが、只見川の水力、柳津西山の地熱、そして布引高原の風力と、実は自然エネルギーにおいても屈指の電源地帯となっている。浜通りには東北電力の原町火力、東京電力の広野火力、両社が共同出資する新地火力、勿来火力と火力発電所も複数立地しており、まさに日本を代表する電源地帯となっている。

布引高原に民家は存在しないが、大根やキャベツの畑が広がっており、美瑛や富良野のようなパッチワーク状の田園風景が見渡せる。高原ということもあって見晴らしが良く、北に猪苗代湖と磐梯山を臨むことができる。夏はヒマワリ、秋はコスモスが有名で、風車とマッチした美しい景色を見せてくれる。あまり有名な観光スポットではなく、この日も観光客にはほとんど出会わなかったが、個人的には今回の旅行で一番良い場所であったように思う。

 


布引高原を下りると、眼下には猪苗代湖が見えてくる。日本で四番目の面積を誇る湖で、福島県のほぼ中央に位置する。高1のときに地歴部の旅行で、会津若松から自転車で山を越えて猪苗代湖まで行ったことを思い出す。あのときは3月で白鳥がたくさんいた覚えがある。


猪苗代湖を西回りに北上して、裏磐梯に到着。湖沼地帯として知られる裏磐梯でも特に有名なのが複数の小さい湖沼から成る五色沼である。五色沼は林間学校で行った思い出深い場所であり、この世の全てを置いてきたと言っても過言ではない。小学5年生に戻りたい。初日は毘沙門沼から赤沼まで散策した。泊まったのは裏磐梯レイクリゾートというホテルで、じゃらんによると宿泊客の総数が福島県で一番多いらしい。リフォームしたばかりの綺麗なホテルで、見た目の割には価格もそこそこで良いホテルだった。


二日目は再び五色沼に。ちなみに裏磐梯レイクリゾートは五色沼まで徒歩5分という好立地である。二日目は柳沼、青沼、弁天沼、みどろ沼、瑠璃沼を見たが、色の鮮やかな青沼が抜群に綺麗だった。曇っていたので写真だと分かりにくいがミルキーブルーといった感じの色をしている。瑠璃沼は奥に隠れていて中々見つからない謎の沼。




この日は裏磐梯から足を延ばして会津若松へ。磐梯山ゴールドラインを使うと1時間程で会津若松の市街に出ることができる。会津は歴史的に報われない土地で、戊辰戦争で新政府に敗れたことも有名だが、戦国時代の頃から領主が度々不運に見舞われている。戦国時代に会津を治めていた蘆名家は跡継ぎに恵まれず断絶し、蘆名家を滅ぼした伊達政宗も豊臣秀吉から会津を没収される。伊達政宗に代わって会津に転封となった蒲生氏郷は織田信長の娘婿であり、秀吉亡き後の天下人候補にも挙げられる人物であったが、若くしてこの世を去った。蒲生家の後は上杉景勝が入封するが、徳川家康と対立したために関ヶ原の戦いの後に米沢へ減封されている。その後も蒲生家、加藤家といった大名が封じられるが、いずれも断絶の憂き目に遭っている。盆地という地形の影響もあり、なんとなく暗い雰囲気の漂う地域であった。


三日目は裏磐梯から那須へ。磐越自動車道と東北自動車道を乗り継いで2時間程で那須に着いたが、那須の一般道が渋滞していたため、那須に着いてから時間がかかった。那須で向かったのはチーズガーデンというお店。有名な御用邸チーズケーキなどが食べられる。個人的には御用邸チーズケーキより、レアチーズケーキの方が美味しかった。実は那須は北海道に次いで生乳の生産が盛んな地域であり、那須塩原市は本州で最も生乳の生産量が多い。大学の頃に農村地域論のレポートで農村居住の実例として那須を取り上げたときの知識である。

那須でもう一つ向かったのがアルパカ牧場である。那須の冷涼な気候を活かして、400頭のアルパカが飼育されている。クラレのCMに出てくるアルパカもここのアルパカらしい。アルパカを見るのは初めてだったので知らなかったが、アルパカは人間と非常に目の合う動物で、かなりの高確率で人間に近寄ってくる。下の写真は道端の草を食べさせている様子。飼育スペースにも草は生えているのに何故か食べに来る。雨に濡れてあまりもふもふしていなかったが、屋根のあるエリアではちゃんともふもふしたアルパカもいた。アルパカを触ることもでき、観光客が少なかったのでゆっくりと楽しむことができた。